大田ステファニー歓人『みどりいせき

超光速スローモーションみたいな語りに一発で虜になった。

たとえば冒頭の野球のシーン。キャッチャーの「僕」とピッチャーの春が、サインを交わし一球を投じる。

「雲もどいたしインハイへ構え直す。目線の高さにミットのほつれとほころびと、はりつめた春が並ぶ。股んとこでもっかいギャルピをつき出したら、すぐにまた首を振られちゃった。そのたんびにキャップからはみ出した髪も一緒んなって揺れるから、先っちょから飛び散った雫にお日様がぶつかって、きらん、が目に眩しい」

雲が流れて太陽が現れる一瞬、僕の視線がミットから春へ、春から空へと伸びていく。一文一文に五感が凝縮されてるのに疾走感は損なわれず、むしろグルーヴを生んでいく。

高校生になった「僕」が春との再会をきっかけに闇バイトに巻き込まれていくのだけど、「僕」が未知の世界に困惑しながらもだんだんと居場所を獲得していく過程は、自分自身の10代をめちゃくちゃ思い出して身悶えした。

序盤、全く説明されることなく飛び交う固有名詞や内輪の言葉に、「僕」と一緒に読者もおいてけぼりを食らう。戸惑いながら読み勧めていくうちに、気づいたら、自分もその内輪のなかにいる。

僕(ってこれは自分自身の僕)が高校生のころ。友だちのいなかった僕に話しかけてくれた同級生たちは音楽好きで、僕は彼らと一緒に過ごすようになってからも彼らが話すミュージシャンの名前もライターの名前も全然知らなかったから、みんなの会話を横で眺めながら知ったかぶりな相槌を打っていた。
だけど、彼らの会話が排他的な感じはしなくて、むしろ居心地がよくて、いつのまにか四六時中いっしょに過ごすようになった。

もう長い間忘れていたあの感覚。恥ずかしかったり情けなかったりしながら間違いなく居場所だった頃。

「行き場のない高校生がみつけた泡沫のユートピアと、その崩壊」みたいな物語では断じてないのが最高なんです。

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