さようならまでの話

7月5日
2ヶ月ほど感染症と戦った叔父が旅立った。
家族のLINEグループに父親からの連絡が入りそのことを知った。母親と父親が、叔母さんから危篤の連絡を受け向かっている最中だった。
通知を見た時、そうか … と思った。
想像していたよりもなぜかスッとその言葉は入ってきた。

とりあえず、大きく深呼吸して思ったことは「生きなきゃ」だった。生きなきゃ、今週の買い物行かなきゃ、洗濯物を干して、掃除機もかけなきゃ。

そんなふうに、不思議と活動力が出て、別に明日でもいいのに小雨の中買い物に出た。淡々と献立を考えながら買い物をして、テキパキと家事をこなした。

ニュースの災害や事故の死者の報道には強く心を痛める方だ。HSPの人は分かると思うけれど、TV越しに朝から泣いてしまうこともある。命が消えてしまったんだ、この人達にも同じように家族がいるんだ … と。

でもどうしてだろう、実際に叔父はしっかり生きていたし、長らくあっていなくても顔も声も思い出すことができるからこそ死を想像する事が難しかった。

ふわふわとした気持ちのまま翌日には仕事に行った。何かに集中出来る仕事中は平気だった。
いつも通りだった。いつも通りだと思っていた。けれど休憩中、お弁当を食べながら、ふと叔父さんとの思い出を考えた。
するとそれが楽しい思い出であればある程、ずしっと重たい泥のようなものが背中からお腹にかけて入ってきた感じがした。
人の死を実感した瞬間だった。
家族に会いたくなった。

そういえば、昔お葬式のあとにお酒を飲んではしゃぐ大人が嫌いだった。人が亡くなっているのに、なんて不謹慎なんだと思っていた。
でも、今なら分かる気がする。
大人になると、子どもの頃よりもよりも死を実感しにくい。誰かが旅立ってしまったとき、自分より悲しむ誰かを思ったり … しなければいけない事に追われたり … 

だからこそ、大人にはあの時間が必要だったのだと思う。素直に死に向き合う時間。
それぞれの故人との思い出を考え、思い出を共有して一緒に悲しんだり、「あの人にはそんな一面あったのね」とより故人の事を知ったり。
沢山の事を共有して、それぞれが悲しみだけで終わるのではなく、愛をいっぱいに持ってさようならを言えるための時間。

早く家族や親戚と叔父の話がしたい。

"〜が空から見てるから頑張る" とか、"〜の分まで生きる"  とかよく聞くけど、死を間近で感じ私が思ったことは、『生きていこう』という事だった。死ぬことがわかっているからこそ命は大切でとても尊い。

都会ではお通夜お葬式は次の日ではなく、4〜5日後なんだそう。来週のお別れ、生きるということにしっかりと向き合い、沢山の愛を込めてさようならを告げたいと思う。