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富士山とエベレスト

2014年6月7日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、ネパール山岳協会のアンツェリン・シェルパ会長が来日した。アルピニストでNPO法人セブンサミッツ持続社会機構理事長の野口健氏主催の「エベレスト、富士山から考える環境問題」シンポジウムに参加するためで、日本を代表する女性登山家の今井通子さんら6人がパネリストで集まった。

 この会は2部制で、第1部は現在のヒマラヤ登山の担い手であるシェルパ(山岳民族)の境遇についてのディスカッションだった。4月18日、エベレストのアイスフォールで崩落事故が起き、16人の尊いシェルパの命が失われた。その後シェルパのボイコットにより今期のエベレスト登山隊のほとんどが登頂を断念した。今後のシェルパの補償を巡るネパール政府や登山隊の動きが注視され、現代エベレスト登山の「転換期」ともいわれる事態となった。
 野口氏自身の登山経験からシェルパの保証制度が十分ではないと感じ、2003年に「シェルパ基金」を設立、登山事故で無くなったシェルパの遺族に支援を始めた。このシンポジウムでもその継続の重要性を訴えた。
 第2部は富士山の清掃活動を行っている野口氏の関連団体とネパール山岳協会が連携し、環境保全を通してエベレストを富士山と「姉妹山」とすることを発表した。最初、この2つのテーマは違う趣旨のものではという認識だったが、会が進むうちに2つの活動は実は密接につながっていると認識した。

 現在、ヒマラヤ山脈では大きな災害が顕著化している。パネリストの一人、ヒマラヤン・クライメート・イニシアチブ代表プラシャント・シン氏によると産業革命以降、空気中に増え続けた二酸化炭素により温暖化が進み、ヒマラヤ山脈の氷河は25%減少、現在も加速度的にその傾向が強まっている。
 山岳民族であるシェルパの村々は常に氷河湖の決壊、氷河の崩落、地滑り等の危険にさらされている。こうした災害は一度起こると村単位の壊滅的な被害となる。エベレスト最多登頂の記録を持つアパ・シェルパさんも氷河の崩落により村を失った一人だ。こうした災害を引き起こす原因は先進国や新興国による二酸化炭素の排出(日本は5番目)にある。

 エベレストで起きていることは日本でも起きる。日本の局地的状況を見るだけでは大局を見通すのは難しいが、富士山とエベレストがお互いを映す鏡とすることで大きな視点に立つことができるだろう。

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