見出し画像

五輪の秘めたる力

2018年2月3日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、長野県高山村にある「YAMABOKUワイルドスノーパーク」で毎年恒例のスノーシュー体験会を行った。快晴に恵まれ、リフトを降りると正面に北信5岳を望むことができた。中心にそびえる飯縄山が目に入り、20年前の長野冬季五輪が思い出された。

 あの山の麓にある飯綱高原スキー場は長野五輪フリースタイルスキーのモーグル会場だった。1998年2月8日に予選が行われ、勝ち残った男子16人、女子16人の選手が11日の決勝でメダルを争った。当時僕は28歳。現役選手として最後の五輪という覚悟で決勝に望んだ。数千人の観客が会場を埋めていた。その盛り上がり、スタートに立ったときの光景は忘れられない。
 しかし、この時の主人公は僕ではなかった。第2エアで痛恨のミスを犯した結果、僕の五輪は13位という成績で終わってしまった。

 その後は上村愛子選手と里谷多英選手が出場する女子の決勝の応援にまわった。上村選手は13位、里谷選手が11位での予選通過。決勝は予選でポイントが低かった選手ほど早く出番が来る。上村選手は4番、里谷選手は6番スタートだ。モーグルはジャッジ競技であり、出走順が早いのはいいことではない。審判は後続の選手のためポイントを出し惜しみするからだ。2人の出走順はメダルから遠かった。
 しかし上村選手は実力を遺憾なく発揮した。すべりもエアもしっかりと決め、その時点でトップに立った。
 それにも増して、1人挟んで登場した里谷選手の滑りは本当に素晴らしかった。こぶを吸収する動作は彼女の武器であり、これによって立体的なスキーの上下動と、上半身の安定をみごとに両立させていた。そして、そのライン取りは直線的で男子顔負けだった。最後のエア技は大きなコザックで、そのままゴールまで駆け抜けた。 

 スコアは30点満点中25.06で当然トップ。十分にメダルを狙えるポイントだ。予選上位につけた後続の選手たちはこのポイントを意識しすぎたのか、ミスが目立つ。結局、10人全員が里谷選手を上回ることができなかった。最後の選手のスコアが出て里谷選手の金メダルが確定すると、大歓声が起きた。僕はやはり男子代表の原大虎選手とともにフェンスを乗り越え、里谷選手を担ぎ上げた。
 五輪には人を動かす特別な力がある。6日後の平昌大会開幕が楽しみだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?