高所の筋力低下 体守る?
2014年8月30日日経新聞夕刊に掲載されたものです。
先週の鹿屋体育大学、山本正嘉教授が発表した「70、75、80歳でエベレストに成功した三浦雄一郎氏の体力特性」は過去10年以上の三浦雄一郎の体力と形態的変化を基に、どのようにエベレスト登頂に関係したかという内容の論文である。
論文の中で父の体重、体脂肪、除脂肪体重に着目すると、過去10年でそれらの数値の増減が顕著に見られる。体脂肪は体に含まれる脂肪で体重あたりのパーセント表示で表す。除脂肪体重は体重から脂肪を除いた重さ(筋肉、骨、内臓、脳等の臓器)を示す。内蔵や脳等の臓器は短期間で増減は見られないため、主に筋肉量の変化として捉えることが多い。
高所登山ではたんぱく質分解が起き、遠征後には除脂肪体重(筋肉量)の減少が見られる。筋肉量は基礎代謝や運動機能を保つのに重要である。そのため遠征後には減少した筋肉量を補うためトレーニングを行い、筋力が必要とされるスキーシーズン前に備える努力が必要であった。高所登山に伴うこうした傾向は僕たちには歓迎できない生理現象だ。
最近英国・ケンブリッジ大学生理学のアンドリュー・マレー教授は低酸素に伴うタンパク質分解は生体を守るための進化的な防御機構なのではないかという仮説を論文で発表した。同教授によると、人体がタンパク質を合成するとき、全体の25~30%の酸素消費を伴うエネルギーが消費される。つまり新たなタンパク質合成を抑制し分解を促すことで酸素コストを抑えることができる。また筋肉量が少なくなると筋肉を囲む毛細血管等が相対的に増える。結果、筋肉への酸素供給を上げることになる。
こうした形態的変化に加え、タンパク質分解によりアミノ酸が放出され、脂肪とともにケトン体が作られることにも注目している。
ケトン体はエネルギー生成にミトコンドリア内で使用されるが、同じエネルギー源であるグリコーゲンと比べると酸素消費量に対してケトン体のほうが効率よくエネルギーを放出する。さらにケトン体には低酸素に伴う活性酸素(毒性が強い)発生を中和する働きがあり、特にケトン体がエネルギーとして使われる脳内では脳を守るため重要な働きをする。
これまで高所に伴う筋力と筋肉量低下は憎むべき事象であったが、実はこれが高所順化を促し体を守る重要なメカニズムである可能性が示された。
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