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登山の予防医学、最新知見

2017年2月18日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 昨年末、山本正嘉教授著「登山の運動生理学とトレーニング学」が発刊となった。山本教授の前著「登山の運動生理学百科」刊行から16年を隔てた、待望久しい一冊である。
 前著は日本で始めて包括的に運動生理学の観点から登山を捉えた名著であった。今回の本はさらにデータを積み重ねて最新の知見を加えたもので、より具体的かつ実践的な仕上がりとなっている。

 山本教授は鹿屋体育大学のスポーツトレーニング教育センター長として、学生を教えながら研究を進めている。研究室には6000㍍までの標高をシュミレートできる常圧低酸素室をはじめ登山の運動生理学に必要な体力測定器具がそろっている。
 そのため父、三浦雄一郎がこれまでに行ったエベレストをはじめとする数々の遠征前には必ず山本教授のおられる鹿屋体育大学に赴いて体力測定をこなし、遠征のアドバイスをもらってきた。

 どんな研究でもそうであるが、研究対象に対する深い理解がなければ焦点を絞ることができない。特に登山は暑さ、寒さ、低酸素、極度の疲労、飢餓など様々な生理的因子が複合的に絡み合う営みであるため、これまで運動生理学として統合するのは至難とされてきた。
 山本教授は大学で教べんをとる傍ら、ヒマラヤのチョオユー無酸素登山、アンデス山脈のアコンカグア、アフリカはキリマンジャロ、国内では日高山脈縦走、富士山測候所での研究や山岳耐久レースに積極的に参加し、教授ご本人を含めた参加者のデータを数多く集めてきた。こうした体験を通して、登山の際に直面する問題点を洗い出して分析し、トレーニング法や、有事の際の医学的ないし物理的な予防策を運動生理学に基づいて包括的にまとめ上げて本に著した。
 そのため本は分厚いが、どの章から読み始めても読みやすく、基本的な知識から建設的なアドバイスまで間口の広い一冊となっている。

 登山は学校の遠足から命がけの遠征登山まで幅広い。しかし本書の根幹にあるのは登山の根本的な楽しさである。登山が人々の健康増進につながることを示したうえで、登山を楽しむための予防医学的知識がふんだんに詰まっており、山を目指すすべての人にとって必読の書である。

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