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在来種を広げる意義

2016年11月26日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 今年の夏の初め、スキーの友人を通じて「面白い人がいるから会ってほしい」と言われ紹介してもらったのがジョン・ムーアさんだった。
 ジョンさんはアイルランド出身で、広告代理店の第一線で活躍したあと、アウトドアアパレル会社「パタゴニア」の日本支社長を務めていた。しかし、現在の活動はそれとは全く違った方向を向いている。それは種の「在来種」を広げることである。

 僕たちが口にする野菜のほとんどはF1(一代雑種=ハイブリッド)と言われる種から育っている。メンデルの法則で植物の雑種交配がなされると一代目に限って両親の対立遺伝子の優性(顕性)形質だけが現れ、見た目が均一にそろうことが知られている。また、系統が遠く離れた雑種の一代目には「雑種強勢」という力が働いて、生育が早まったり、収量が増大したりすることがわかった。こうした原理を応用して人工的に作られた種がF1種である。
 工業製品のように生産性が高く、均一に育ち、質を管理しやすいF1種は流通に乗りやすく、高度成長とともに本来の固定種(何世代も掛け合わせて作った種)や在来種を押しのけていった。日本で売られている種の95%がF1種である。この雑種から種を採っても親と同じ野菜はできず、姿、形がめちゃくちゃな異品種ばかりになってしまう。

 F1種の問題は多様性が無く一代限りであることだ。多様性がないと未知の病原菌やカビに対して植物種としての抵抗性をもてなくなる。また一代限りであるため本来農家が次の世代につなげる作物の未来を一部の企業に独占されることになる。
 こうしたことに危機感を感じたジョンさんは、高知県で小麦の在来種を見つけ、地元の農家さんに譲ってもらいそれをまいた。すると雑多な農耕地でもどんどん育ち、さらに翌年には10倍にもなる作付け可能な種が生まれた。現在「SEEDS OF LIFE」という一般社団法人をつくり、日本古来のあらゆる植物の在来種を広める運動を行っている。

 先日、神奈川県の逗子の森をジョンさんと一緒に歩いた。彼は途中、ポケットから在来種の種を出してばらまいている。聞いてみるとアメリカ先住民もこうして自分の好きな植物をまいていたという。ジョンさんの活動に賛同し、会社の屋上で小麦の在来種を育てることにした。未来に続く種は地球の遺産である。

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