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高齢の挑戦 支える配慮

2017年5月27日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、父の三浦雄一郎とともにヒマラヤでのトレーニングを終えた後、シェルパの里ナムチェに立ち寄った。そこでミン・バハドゥール・シェルチャンの訃報を聞いた。85歳でのエベレスト登頂を目指す途上での落命だった。
 シェルチャンは2008年、当時最高例の76歳でエベレストに登頂した。同年に父も75歳でのエベレスト登頂を目指していたこともあり、ベースキャンプにいた彼を訪ねたことがある。物腰は柔らかく、それでいて威厳のある人であった。父と会うなりシェルチャンは「あなたは私にとって先生である」と言い、ともに山頂に立とうと約束した。
 この時、先にエベレスト山頂に立ったシェルチャンは、5年後に父が80歳でエベレストに登るまで、最高齢での登頂記録を保持し続けた。

 シェルチャンもまた同じ13年に81歳でのエベレスト登頂を目指していた。その際も挨拶に行ったが、この時の彼は歩くのもやっと。高山病にかかり、山から下りなければいけなかった。彼はエベエストのベースキャンプにヘリコプターから直接降り立つ手法をとっていた。おそらく体力温存のためだと思うが、このやり方が高所に順応する時間を奪っていた。
 僕たちは父の年齢を考え、多くのことに配慮しながら登る。持病の不整脈や体調、高度順化の進み具合などを確かめ、国際山岳医である大城和恵医師と相談しながら、低い標高からゆっくりとアプローチする。父の健康に最大限の注意を払い、戦略を練り、数年かけて調整したうえでのチャレンジである。

 酸素が限られたエベレスト山頂は、生存環境としてあまりに過酷だ。20歳の人でもエベレスト山頂での有酸素能力は100歳前後になる。父の場合は150歳以上ともいわれる。地上で最も高い山への父の挑戦は、エイジングへの究極の挑戦でもある。
 シェルチャンの訃報を受け、ネパール政府には、エベレスト登山に年齢の上限を設けようとする動きがある。しかしこの貴重な場所を人為的に制限することは、人類の可能性に蓋をすることではないだろうか。もちろん人命は最優先に守らなければいけないが、極地での判断に必要なのは、リスクをすべて排除することではなく、その度合いを正確にはかることである。シェルチャンの冥福を祈りながら、彼の意思を酌んだ議論が交わされることを願う。

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