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川の中の秘密基地

2014年7月26日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 セルビアとボスニア・へルツェコビナの国境に流れるドリナ川、霧が舞い紅葉で彩られた川の真ん中にぽつんと建つ一軒家がある。ナショナルジオグラフィックの紙面を飾ったある有名な一枚で、先月、その写真を元にテレビ局の取材でセルビアに行って来た。
 この様子は先日、テレビ東京の「絶景ハウス」で放映された。しかしその情景とそこでの人々との触れ合いはテレビで放映した以上のものを感じたのでここに改めて書き記したい。

 その家はセルビアの首都、ベオグラードからバスで西に4時間、国境であるドリナ川沿いのバイナビシュタの町にある。川の家のオーナーは地元のカヤックとアウトドア教師のミリアさん(62歳)。
 ミリアさんと彼の友人4人は16歳のある日、いつも寝そべっているドリナ川の真ん中に突き出た岩の上に快適な床を作ろうと話し合い、廃材を集め作った。翌年には壁と天井を付け足し1968年、立派なサマーハウス、究極の「秘密基地」が出来上がった。
 ミリアさんは僕に当時捕まえた2㍍はあろうかというナマズを撮った写真や、当時付き合っていた彼女と一緒に川の家で過ごした話をしてくれた。

 多くの思い出の詰まった家だが、ドリナ川は時には厳しい顔を見せ、春の大きな増水時には何度も濁流に飲み込まれた。その都度に下流に流れた屋根を回収し、新しい廃材を見つけて建て直した。
 そして現在、9回目の建て直し。岩に基礎のコンクリートを打ち込み、川の流れに対して圧力のかかる垂直の壁が屋根裏のワイヤ1本で収納できるように工夫、増水したときは川の力を逃すようにできている。
 そこまで苦労してなぜミリアさんはこの家にこだわるのかと聞いてみた。するとミリアさんは「この家は心のよりどころであり、永遠に続く命をつなげる象徴」だという。
 90年台の内戦時、国境であるドリア川周辺はひどく傷ついていた。ミリアさんも友人の命を救うためにボートに乗り、国境を渡る最中に両足を銃で撃ち抜かれた。今でもその銃創が見て取れる。
 
 しかし、そんな時でも彼らは時折、彼の家に集まり心の安らぎを得ていたという。ミリアさんと子供の頃からの友情は変わらない。昔話に花を咲かせるその表情は永遠の少年そのものだった。

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