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スキー場で放牧 一石二鳥

2017年2月4日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 毎年、長野県高山村にあるヤマボク・ワイルドスノーパークスキー場でスノーシューのイベントを行っている。ヤマボクは山田牧場の略で、夏季は牧場、冬期はスキー場を営んでいる。
 標高が高く雪質もいいヤマボクは近ごろ、バックカントリースキー・スノーボードで注目されている。バックカントリーとはスキー場外、すなわち自然の雪山での滑走。牧草地特有の、障害物の少ない地形を利用して大きな斜面を存分に滑ることができる。なかでも、タコチコースと呼ばれるバックカントリーエリアは標高差800㍍、距離にして13キロに及ぶ日本屈指のロングランである。冬にこうしてバックカントリースキーヤー・スノーボーダーでにぎわうヤマボクも、夏には70~80頭の牛が159㌶を自由に歩き回っている。牧場の歴史は古く、100年以上前からこの地域に牛が放牧されていた。

 牧場とスキー場に共通点などないように見えるが、実はスキー場での放牧はメリットが二重にある。スキー場は冬に備えて木や草を手入れしなければいけない。この急斜面での草刈が至難だが、生涯5㌧もの餌を食べるという大食漢の牛は四足歩行でどんな斜面も苦にせず、草だけでなく木の若芽も食べてくれる。特別手を加えることもなく、ゲレンデを良好な状態に保つことができる。

 牛にとってもメリットは大きい。広大な土地を自由に歩き回る牛は狭い牛舎にいるときよりストレスが少なく、適度な運動にもなる。そして牛たちが食べる自然の野草や木の若芽は栄養価がとても高い。通常、牛舎で与えられる補助栄養剤が含まれた飼料などは一切必要ない。さらに放牧中は日中、十分に太陽を浴びるため、骨格や筋肉の発育を促すのに必要なビタミンDを体内で多く作ることができる。
 こうして放牧により育てられる牛は近年グラスフェッドと呼ばれ、注目を集めている。グラスフェッド牛から得られる乳製品や精肉は、牛舎で育てられる牛よりビタミンAとEが多く含まれさらに脂質バランスを整えるオメガ3が5倍も多いことがわかっている。実際にそこで作られているチーズは絶品であった。

 この国のスキー人口はピーク時から大幅に減少しているが、見回せばまさに宝の山が眠っているのではないか。

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