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高所トレーニングの工夫

2017年10月21日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 父の三浦雄一郎、そして国際山岳医の大城和恵先生と一緒に、ネパールのナムチェバザールに来ている。ここは標高3450㍍、富士山でいうと8合目の標高だ。来年のチョ・オユー滑走計画まで一年を切ったいま、父の体力を抜本的に鍛えるためにナムチェに滞在してトレーニングすることにした。

 これまでの僕たちの高所トレーニングでは、目的地を決め、そこにたどり着くことを成果としてきた。目標として高い標高を設定し、長距離を歩く。それができるのがこのやり方の利点だが、これだと一人でも具合が悪くなると先に進めなくなる。次の行程を考えると、それほど強度の高いトレーニングもできない。なにより毎日の移動でストレスがかかる。
 今回、ナムチェバザールで滞在型のトレーニングをしようと決めたのは、一つにはナムチェバザールが古くからシェルパたちの交易の地であり、山あいの町ながら栄えていて過ごしやすいからである。標高も適当。高度順化が進めば、高い強度のトレーニングをしながら十分な休息も取れる。

 しかし、これまでの登山目的型のトレーニングと比べて短所もある。同じ地域に滞在するためトレーニングが単調になりがちなのだ。これを克服するためにいろいろと工夫した。まず大事なのは目的を明確にすることである。
 父は毎年、鹿屋体育大学で体力を測定している。この数値をもとに、チョ・オユーに向けてテーマを持って必要な部位を意識しながら鍛えてきた。今回の合宿では、ナムチェから標高が800㍍ほど高いクンデピークへの1日往復を最終的な目標とした。毎日のトレーニングとなるナムチェ周辺の山歩きに変化をつけながら、登るスピードには一定の指標を設けた。

 生活の単調さは食事や娯楽で解消した。幸い、滞在先のロッジには昔から日本人が多くで入りし、日本の本を置いていく。本好きの父にとって、これはありがたかった。食事は秋の味覚であるキノコがたくさん生えていた。キノコに詳しい人もいて、キノコ狩りをして、鍋もソテーも炊き込みご飯もキノコづくしで、毎日の食卓は大いに盛り上がった。
 米国のボルダーやメキシコの高所で多くのトップアスリートが滞在型のトレーニングに励んでいる。三浦雄一郎の鍛錬も彼らと変わるところがない。85歳にしてトップアスリートであり続けている。

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