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金メダルの尊さ

2011年10月22日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日行われた体操のお世界選手権で、僕は内村航平選手が前人未到の個人総合3連覇を成し遂げた瞬間に立ち会う幸運を得た。
 彼の素晴らしさは何といっても着地だ。どんなに目まぐるしい回転やひねりを行っても必ずぴたりと止まる。動から静に移り変わる瞬間を制御することは難しい。選手の才覚や努力が花開く時だ。
 体操競技のポイントは技の難易度を表すDスコアとその完成度を表すEスコアを足すことで決まる。難易度と完成度は相反する2つの要素ともなるが、内村選手は緊張の高まる世界大会で、それらを見事に融合させ、ひしめく強豪の中、ひときわ高次元の演技で見る者を魅了した。表彰式の時、日の丸が一番高いところに掲げられると胸が熱くなった。

 スキーのモーグル選手だった僕は、これまで日本人アスリートが金メダルに輝く瞬間、その場にいたことがある。長野五輪の里谷多英、猪苗代世界選手権の上村愛子、ソルトレークシティーで行われたスピードスケート世界選手権の清水宏保選手だ。
 競技にはそれぞれの難しさがある。モーグルであればターンとエアにスピードの要素を組み込むことだ。スピードが加わることによって、テンポが速くなり衝撃が大きくなる。里谷は柔らかく、スピードのあるターン、上村は直線的で天性のバランスを生かした独自のカービングターンによって、世界の頂点に上りつめた。
 清水選手は「ロケットスタート」が印象的だった。上半身を可能な限り前傾させ、倒れるぎりぎりの角度を下半身のスピードと蹴りで保つこの滑りは、体が起きたらスピードが生まれず、倒れすぎたら転倒する瀬戸際にあったのではないか。この技術で「小さな巨人」は世界記録を樹立した。

 それぞれの選手は日々自分なりの問題や答えを見つけるのに膨大な時間を費やし試行錯誤し、壁に当たり、悩みながら限界に挑んできた。
 「簡潔さは究極の洗練である」。これはレオナルド・ダビンチの言葉だ。
 この簡潔=シンプルにある姿とは、金メダリストたちが成し遂げた肉体と精神の最高の調和だと僕は世界一のパフォーマンスを見て感じた。スポーツの感動は国境も超える。その最先端に同じ日本人がいることに心から誇らしく思う。

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