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登山の師匠、再び頂上へ

2012年5月26日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 5月19日渡辺玉枝さんが女性として最高齢の73歳でエベレストの登頂に成功した。彼女と一緒に登った村口徳行カメラマンは、父と僕の2度のエベレスト遠征をサポートし、撮影してくれた。僕の登山の師匠でもある。
 彼にとって7度目のエベレスト登頂は、自身が持つ日本人の最多記録を更新するものだった。エベレスト登山をなりわいとするシェルパでも7回登頂はなかなかない。村口さんはエベレストという極限の環境でカメラを回す世界でも数少ないひとりである。「俺は山を続けたいからカメラマンという職業を選んだ」と話してくれた。

 村口さんにとって登山は究極の自己表現であり生きるか死ぬかの状況で、その人の意志が試される場だと考えている。彼の登山は登頂よりもそのプロセスを重視する。いかにこだわりのある登山をするか。だから7度目の登頂について触れたら「頂上に着いた回数なんて関係ない」と即座に一蹴される。
 山に特別な思いのある村口さんは登山についてかなりの辛口だ。僕なんかはいつも怒られてばかり。それが渡辺さんのこととなると、「謙虚で奥ゆかしくて芯の強い、日本人女性として誇れる人だ」と満点をつける。「こうした女性こそが日本人女性として記録を持つのにふさわしい」と。彼女との登山は村口さんにとってのこだわりの一つである。

 僕は村口さんから山を通して多くのことを学んだ。登山の戦術の組み方、テントでの過ごし方や登はん技術など。しかし、もっとも大事な教えは登山に対する姿勢だ。以前、シシャパンマ(8027㍍)に登っているとき、頂上までスキーを持っていくかどうか悩んだ。シェルパたちは「あんな危険なところでスキーをするなんてとんでもない」と反発した。
 しかし、村口さんは「それはシェルパが決めることではない。スキーをするのはお前なんだから、出来る、出来ないの判断は人に任せるものではない」。この言葉に僕は目の覚める思いだった。結局、最後は頂上近くでへたばって、シェルパにスキーを担いでもらったが、自分の自由意志を貫き通す大切さを教えてもらった。

 今シーズンのヒマラヤは天候も不安定でとても厳しかったはずだ。そんな中エベレストに登頂した村口さんの成功を心から祝福したい。

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