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成功の裏に「逆算の考え」

2017年12月9日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 友人に誘われ、シンクロナイズドスイミング日本代表の井村雅代ヘッドコーチの講演を聞いてきた。
 申すまでもなく、井村コーチは指導者として夏季五輪のメダルを6大会連続で確保して日本をシンクロ強国にした功労者である。北京、ロンドンの両五輪では中国チームを指導してやはり目でダルに導いた。その後、日本のコーチに戻ってリオデジャネイロ大会もデュエットとチームで銅。メダルの行進が途切れない。

 井村コーチはメダル獲得を前提にすべての計画を立てる。遠い目標に達するために、その時々で何が必要かを考える。練習は、選手が課題をできるようになるまでやる。練習時間が1日12時間以上に及ぶこともある。選手がその意図と効果を理解するのはメダルを手にした後だったりする。講演で聞かせてくれたこの「逆算の考え」が興味深かった。
 最初にただしたのは選手の〝姿勢〟だったという。まだ手つかずの選手たちは、練習の時も私生活でも背中を丸めている。それが本番に現れる。シンクロナイズドスイミングは人が優劣を判断する採点競技である。だから、まず胸を張って歩く。堂々と強者の姿勢を示すことで自分も周りも見る目が変わる。

 五輪のために楽曲を一からつくった。メロディーは審判員の心に入りこむようなきれいなものにする。選手が疲れている後半は手拍子が起きるようなリズムにして、最後は爆発的な盛り上がりを印象づける。
 水着も各人の身長差が目立たないように色合いを考え、軽くて薄い、透けない日本独特のものを開発。苦しい時の支えになるように、水着の仕上げの装飾は選手の母たちに縫い付けてもらった。厳しい顔の裏に選手一人ひとりに寄り添うコーチの姿があった。

 すべてはメダルのために。この「逆算の考え」を聞くうちに、僕の身近にも同じような考え方をする人がいることに気づいた。父の三浦雄一郎だ。父もまた「エベレストから直滑降する」「80歳でエベレストに登る」「85歳でチョオユーをスキーで滑る」などとまずは大風呂敷を広げる。実際には不整脈や骨盤骨折でそれどころではなかったりするのだが、遠い目標を定め、そこに向かって鍛錬を重ねるうちに最後には辻つまを合わせて成功を手にする人である。札幌農学校(現北海道大)を開校したウィリアム・スミス・クラーク博士は「少年よ、大志を抱け」と言った。だが志を立てるのに年齢は関係ないのだ。

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