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筋肉痛と若返り

2011年10月8日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 屋久島を自転車で一周した数日後、鹿児島の鹿屋体育大学で山本正嘉教授の指導による体力測定を行った。これは10年間も続いているものだ。
 今回、父の雄一郎はつらそうな表情だった。自転車で屋久島一周は問題なかったが、その翌々日、永田岳登山口へ続く花山歩道を上り下りした。県道から永田岳登山口へ行く花山歩道の標高差はやく500㍍。斜度15~20%の勾配が続く。ヒマラヤの山々を制した父には散歩のようなもの。ところがこの程度の運動で極度の筋肉痛になったのだ。

 これはトレーニングの違いに起因する。この一年間、父は自転車に魅了されてきた。重荷を背負って歩いたり、登山したりするといったトレーニングから自転車ライディングへと軸足を移した。2つの運動には大きな違いがある。自転車のペダルをこぐのは、筋肉を収縮させながら力を発揮するコンセントリック(短縮性収縮)運動。これは登山の上りにも通じる。対して、下山時に膝を曲げて体重を下ろす動作は大腿四頭筋に力を入れながら伸ばすエキセントリック(伸張性収縮)運動に分類される。

 エキセントリック運動は筋肉でブレーキをかけるため、筋繊維同士が抵抗を加えながら伸ばされる。すると筋繊維は傷つく。傷ついた筋繊維から強い炎症反応が出るために痛みが誘発されると考えられている。このエキセントリックな動作で使われる筋肉は「速筋繊維」といわれるもので、強い力を出すのに優れているが、疲れやすい筋肉でもある。
 一度傷ついた筋肉は回復する過程で以前より強くなる「超回復」を起こす。この時分泌されるのが成長ホルモンIGF-1だ。通常、若返りのホルモンといわれ、米国などでは高額な補填治療に用いられている。しかし、高齢になっても階段を下りる、山を下る、スキーをするといった運動を行うだけで分泌することが、最近の研究で分かってきた。

 これまで、高齢者は筋肉痛やケガの恐れがあるということで下りの運動は避けられてきた。一方で年を重ねると衰えるのがこの速筋繊維でもある。父のように自転車で長距離を走っていても、いつの間にか速筋繊維が衰えていたということがある。適切な技術で下りの運動を安全に行えば、若返りホルモンが分泌されることになる。中高年登山はこれから山上りより山下りが注目されるべきだろう。

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