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登山の「マイペース」知る

2017年6月24日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、父の雄一郎とともに鹿児島にある鹿屋体育大学の山本正嘉教授に会いに行った。僕たち親子は過去15年にわたってこの大学で体力測定を行い、貴重なアドバイスをもらっている。今回僕が注目し、確かめたのは山本教授の行った有酸素運動の負荷テストのやり方が登山家にとってとても実践的であったことだ。

 有酸素能力を測る一般的な方法の一つにトレッドミル(ランニングマシン)を使い、スピードと傾斜を少しずつきつくして、どの程度の運動負荷まで耐えられるかを試す方法がある。しかし、この方法だと、最後にはほとんど全速力で走ることになる。走ることに慣れていない人は、まだ十分に体力を残しているのにトレッドミルのスピードに追いつけず、そのままギブアップとなることがある。特に登山家の場合、走る能力は有酸素能力の値を示していないのだが、この方法では差異を補正できないのだ。
 そこで山本教授のやり方である。教授はトレッドミルを最初から勾配20%(約11度)というきつめの傾斜に設定する。最初はゆっくりと歩けるくらいでスタートし、徐々にスピードを上げる。ほとんどの場合、走るまでにはいたらない。勾配がきつく、少し速度が増すだけで十分な運動負荷が得られるためだ。

 この方法の優れた点は、水平のスピードではなく、垂直方向のスピードに注目しているところだ。かつて山本教授は実験と実践を重ねた末に、垂直移動距離と水平移動距離を元にした登山のエネルギー換算式を作った。その過程で、垂直移動には水平移動の30倍ものエネルギーが必要であることがわかった。
 100㍍の標高を登ることは平地3㌔を移動するのと同じというわけだ。これはつまり、登山のほとんどのエネルギーは垂直方向の登りに費やされていることを示している。これらをもとにしたトレッドミル計測では、標高が上がる移動のスピード(登高スピード)を計算し、3分ごと速度を上げながら、被験者の最大酸素摂取量(酸素を取り入れてエネルギーに変換する能力)と乳酸値(酸素が代謝できる以上の運動をしたときに出る物質)を測った。
 乳酸値は代謝疲労の目安である。これが急激に上がると運動の継続が難しくなる。この値を把握できれば、登山における具体的な「マイペース」がわかる。登山計画を立てるときの重要な情報だ。登山愛好家に広めてもらいたい測定である。

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