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暗闇に感じる安らぎ

2012年1月14日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 昨年末「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」という催しに参加した。これは一種の体験エンターテインメントで、視覚障害者がガイド(アテンドスタッフ)となり完全に光源を立った暗闇の空間へ健常者を案内してくれるというもの。
 参加者は杖を手にし、アテンドスタッフの声を頼りに真っ暗闇の中を進み、セットされた様々な仕掛けに視覚以外の五感(触覚、嗅覚、味覚、聴覚)を駆使して感じ取る。

 通常、5~8人の初対面の人たちと体験するのだが、今回は共通の友人の紹介ということで、仲間と一緒に体験した。完全に光源を断った暗闇に目が慣れることはない。そのため頼りになるのはアテンドスタッフの声だ。暗闇は彼らにとって日常で、普段視覚に頼っている僕らをサポートしてくれる。
 会場に入ると小鳥のさえずり、草木の香り、土の柔らかさを感じ、アテンドスタッフのガイダンスで触覚、嗅覚、聴覚で辺りに意識を集中することで緊張感が解けていった。皆、様々な仕掛けに触れるたびに驚きの声を上げる。ベンチ、橋、シーソー、そしてサッカーボールなど、日常、見慣れたものでも、視覚以外で感じ取ることに新鮮な発見がある。感覚が鋭敏になり、鈴の入ったボールを転がしてキャッチボールをしても、鈴の音がどこから発しているか正確に聴こえる。この暗闇ツアーの最後でバーに立ち寄り、ビールやお酒を注文できるのだが、ここで飲んだあるメーカーのビールは普段飲んでいるそれよりも一段と味わいが深かった。

 「人は食べられて進化した」の著者ドナ・ハートによると、人間は本来、暗闇を恐れるという。僕らの先祖は太古の昔より、闇夜にまぎれてピューマやヒョウといった捕食者に襲われた被食者としての歴史が長いため、暗闇はあらゆる文化で不吉な比喩として使われてきた。しかし、ダイアログ・イン・ザ・ダークでは恐怖より、むしろ普段感じられない安らぎを覚えた。暗闇の中、お互い声を掛け合い、情報を共感し助け合う。まさにヒトが暗闇という脅威に対抗するために集団行動を確立し、支えあいながら進化してきた人類の歴史を実感した。

 最初は視覚障害者の思いを体験することだと思っていたが、視覚以外の五感を総動員し、暗闇に対する新たな認識を得た貴重な体験だった。

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