見出し画像

登りなおす勇気と判断力

2012年3月3日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 標高8千㍍を越える山は地球に14座ある。登山家の竹内洋岳さんが昨年ヒマラヤのチョオユー(8201㍍)を登ったことで、彼は日本人最多の13座となり、今年、最後のダウラギリ峰(8167㍍)を登れば日本人として初の14座制覇の快挙となる。

 先日、そのチョオユー報告会に行って来た。2002年、僕も父とチョオユーに登っており、竹内さんほどの登山家だったら楽に登れただろうと思っていたが、実際に彼の話を聞くと壮絶なドラマがあった。
 山頂アタックのときはかなりの積雪で他の隊が引き返す中、竹内さんとパートナーの中島ケンロウさんは7千㍍の第2キャンプを夜中の1時に出発し、無酸素で山頂を目指した。そして12時間の強行の末、無事登頂したのだが、あまりの寒さにすぐに下山を開始した。チョオユーの頂上部分は8千㍍から上は意外に広く平らな雪原だ。そのため視界が悪くなると迷いやすい。しかし、その日は晴天で自分たちの登った足跡さえたどれば下りられるはずだった。

 ところが途中、竹内さんは「今下りているルートは違う」と錯覚、違う尾根を下りる。確かにそこには足跡があり、テントの跡地まであった気がした。
 気がついたときには、標高8千㍍付近から間違って既に300㍍以上も下りていた。超高所でその標高を登りなおすには3時間以上もかかる。すでに20時間近くも活動し続けている。つい横切って近道を探したり、そのまま下山する魅力にとりつかれるが、山では登り返す勇気が必要だ。気を取り直して登ることにした。こうした事態になっても特にパニックや焦りは無かったという。
 登り直したとき、すでに日は暮れていた。暗闇の中、何度も睡魔に襲われ、座り込んでしばらく眠り、起きてはまた歩くことを繰り返した。何度目か眠っていたときにライトを顔に当てられ目が覚めた。それは翌日にアタックをかけていた隊のシェルパだった。突然、多くの人に囲まれて、たどってきたルートが正しいことが確認された。

 アタック開始から47時間を経て無事ベースキャンプへ戻った。これほどの高所を無酸素で長く行動を続け、迷っても生還した竹内さんの登山家としての能力には驚くばかりである。基本に忠実に同じところを登りなおすという勇気、判断力、そして体力を持つことができたからこその生還であった。

ブログ村ランキングに登録中!
記事の内容が良かったら、ぜひ👉PUSHして応援してください^^

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?