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冒険心、動物にも?

2018年6月2日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 僕のスキーシーズンは先日の富士山をもって締めくくられた。僕たちミウラ・ドルフィンズのスタッフである五十嵐和哉さんと連れ立って、登山とスキー滑走に励んだ。
 富士山の冬季や春の残雪期登山は、ヒマラヤ登山に負けないほどのリスクがある。富士山は独立峰であるため風の影響を強く受ける。風は方向も強さも不安定でとても危険だ。冬季は積雪量も多く、急斜面に降るので雪崩の恐れがある。春は春で、残雪の上の石や岩が温度の変化や風によって落下する。また寒暖の差の激しいこの時期は、一度解けた雪が夜間に凍り、早朝は一面スケートリンクのようになる。ヒマラヤに挑むほどの覚悟で準備しなければいけない。

 その日、雪渓はなお7合目付近まで延びていた。アイゼンをスキー兼用靴につけ、ピッケルを装備して頂上をめざす。急斜面をジグザグに歩きながら見下ろすと、はるかかなたまで新緑の山々がひろがっている。見上げれば、ただ岩と雪の世界。この時期ならではの富士の景色に陶然となった。
 標高3000㍍を超えたところで、五十嵐さんが動物の死骸を見つけた。はじめタヌキかキツネかと思った。しかしよく見ると、とがった耳は上に突き出て、顔はげっ歯類の特徴が認められる。四肢の間には飛膜のようなものもある。「これはムササビではないか」と2人で盛りあがった。
 ムササビは富士山付近の樹林帯を住まいとすることで知られる。木立の間を滑空し、木の実や若葉を食べている。だが死骸があったのは富士山の高所である。飛び移る木などどこにもない。滑空の最中に上昇気流に持ち上げられたか、他の動物に追われたか。それとも、好奇心ゆえの行動?

 以前、エベレストの最終キャンプ地サウスコル(標高8000㍍)でオオワシの死骸を見たことがある。翼をひろげると2㍍ほどもある巨大なワシであった。鳥はシェルパの間では聖なる動物とされている。父の雄一郎と墓をつくって弔った。餌もなく、こんなに寒いところまでなぜやってきたのだろうと思った。
 別のエベレスト遠征時には、カメラマンの村口徳行さんがユキヒョウの撮影に成功した。これも、餌となる動物など見当たりそうにない標高6600㍍の地点であった。もしかして、冒険心というのは私たち人間だけのものではないかも、と考えてしまう。

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