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ワックス、静かなる進化

2018年2月24日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 平昌五輪のテレビ解説のため現地で取材を続けているうちに、金谷浩司さんと再会することができた。
 金谷さんは全日本チームのサービスマンとして、フリースタイルスキー・女子ハーフパイプの小野塚彩那選手と女子スキークロス代表の梅原玲奈選手のスキー板の整備を担当している。これらはフリースタイルスキーの中でも、特にスキーの仕上がりに左右される種目といえる
 ハーフパイプはパイプを半分に切ったようなコースを滑り、垂直に切り立った壁のふちを使って飛び上がる。この雪の壁がカチカチに硬い。滑り上がる時、その硬さに負けずにエッジがしっかりとかかるスキーでなければならないし、同時にスピードを得るために高い滑走性も必要になる。

 一方、スキークロスは通常、4人の選手が同時にスタートする。コース内にある旗門と数々の障害を越えてゴールを目指す。各組の上位2人が次のラウンドに進み、トーナメント形式で勝者を決める。当然、滑走面のすべりのよしあしは勝敗に直結する。
 滑走性を高めるためのワックスは最近、大きな技術革命が起きている。一昔前まで撥水(はっすい)性の高いフッ素ワックスが注目された。このワックスにはスキーの滑走面と雪の間にできる水分の抵抗力を少なくする働きがある。ただし、気温が低く、滑走面の間に水分ができにくい状態ではそれほど効き目がない。そこで気温がマイナス10度以下の時は通常、カーボンワックスを使う。カーボンワックスは固形物との摩擦係数が低く、摩擦により生じる静電気を起こしにくい。静電気は滑る際の大きな抵抗になるのだ。
 しかし、天候や気温は常に一定ではなく、完全に予想できるものでもない。滑走面に塗りこんだワックスが外れたときのダメージは大きい。フッ素ワックスを塗ったあと、重ねてカーボンワックスを塗ることもできない。フッ素がカーボンをはじいてしまうからだ。

 そこで金谷氏が目をつけたのが、フッ化カーボンという素材だ。これはもともと電池の材料として広く使われてきた。水をはじくフッ素の性質を備えながら、その上に別のワックスを塗っても十分なじむ。フッ化カーボンをベースにすれば、従来のカーボンとフッ素のワックスを重ねて塗ることもできるという。
 スキーヤーのすべりを加速させるワックスの新たな工夫、サービスマンの錬金術には驚くばかり。

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