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回想法で高齢者に学ぶ

2012年2月18日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、上智大学心理学科の黒川由紀子教授に依頼され、彼女の講座である老年心理学の授業でゲスト講師を務めた。向上心あふれる学生たちにエベレスト登山や僕自身が行っている研究などについて語るよい機会であった。
 黒川教授は臨床心理士で、高齢者への心理療法のひとつとして、1960年代にアメリカの老年精神科医ロバート・バトラー氏が開発した対話を中心とした心理セラピーである「回想法」を行っている。

 「回想法を行うとき、私たちは良き聞き手として、心を込めて聞き入るのが基本。高齢者の中には自身の過去に対し否定的な見方をする人も多いのですが、大切なのは彼らの人生を肯定的に捉え、生きてきた意味を再考し、自尊心を高め、明日に繋げることなのです。」と黒川教授は言う。
 多くの回想法は心理セラピー的に行われるが、彼女の回想方は一風変わっている。
 僕は以前、徳島県川島町(現吉野川市)で「寺子屋妖怪回想法」という彼女が催しているイベントに参加したことがある。近隣の子供達がその地方に伝わる妖怪やお化け話をお年寄りから聞くという催しだ。卓越した死生観を持つ老人たちのお化け話や実際の体験談は面白おかしく、それを子供達は真剣に聞きながらも笑いに包まれた。

 こうした回想法は相互作用がある。高齢者は自分たちの記憶に残る体験談を話すことによって自分の人生を振り返り、肯定的に捉えるきっかけとなる。彼らの体験談の多くは戦争、震災、熊の脅威、歴史的な出来事など強烈な体験が多く、聞き手はこうした貴重な話を聞いて、それらを追体験する。黒川教授いわく「5人の100歳の人たちの話を聞くと500年分の冒険旅行をした気持ちになれる」。
 過去、100年が人類史に於けるもっとも激動の時代であった。回想法は確かに心理セラピーとして有効な手段であるが、現代を生きる高齢者たちの時代を生き抜いてきた体験と知恵を授かる機会でもある。

 僕自身、加齢制御医学という年齢を重ねるメカニズムに関する医学を学んでいるが、その多くは予防医学として治験や彼らの現在のライフスタイルを分析することが多い。黒川教授が楽しそうに高齢者のことを話す姿を見ていると、高齢者から学ぶべきものは他にも多くあるのだと気付かされる。

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