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自然への感度 培う登山

2017年8月12日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 百名山の一つに数えられる滋賀の伊吹山。先日名古屋の青年会議所の青年たち60人とこの山に登ってきた。その3週間前にも下見で登頂。イベントの実行委員と一緒だった1度目の登山で、大雨に降られた。
 西の空を見ると琵琶湖から立ち上がる大きな入道雲が見えた。そして遠くから雷鳴の音。スキー場跡地を登るこのコースは落雷から身を守る木々がなく、みんなのペースを上げ山頂の小屋に急ぐ。小屋で注文したそばを食べていると、小屋の上に雲が覆いかぶさり、雷鳴とともに大雨が降り始めた。帰りは反対側の登山路を下り、途中でタクシーを拾い帰った。

 この雲は伊吹山に来る数日前、熊本で線状降水帯をつくり、大雨による大災害を起こした悪名高い雲で、同じ日に名古屋でも大雨を降らせた。
 青年会議所一同と登った2度目の伊吹山では、風が東から吹いていた。僕が日本の山に登る時、西の空をみる。日本は偏西風の影響で大概は西から天気が変わるからだ。これが逆さまになったのは、台風5号の影響である。地球の自転によって台風にはコリオリの力と呼ばれる慣性力が働き、北半球の台風は反時計回りに渦巻く。僕たちが伊吹山に登った時、台風はちょうど九州にかかり始めていた。そのため台風の北側にかかる回転は、まるで掃除機のように伊吹山の山頂にかかる雲を西に向かって勢いよく吸い取っていたのだ。幸い台風はまだ遠く、僕たちの登山に影響はなかったが、衛星ひまわりでしか識別できないような巨大な天候システムの一部を感じ取る事ができた。

 登山をしていると、自然の大きな流れの中に自分がいることを体感する機会がある。4年前のエベレストでは、アタック早朝に気象予報士から「インド東のベンガル湾に積乱雲が発生、夕方にはエベレストにかかるかもしれない」と言われた。出発は午前2時。標高8400㍍の「バルコニー」と呼ばれる尾根から、未明の空を見るとはるか南東に稲光を発する雲が見えた。
 米アラスカのデナリでは日本とは反対に、極東風は東から吹いていて、その風が4000㍍以下の標高に雲を押し込めている光景に出くわした。尾根が、まるでダムのように雲をせき止めていた。

 登山を続けていると、より鋭敏に自然の変化を感じとれるようになる。それは自分の身を守る重要な知識と能力であり、これが養われるにつれて自然への理解と畏敬の念が深まる。登山は驚きが絶えない。

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