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笑顔が生むパワー
2011年7月23日日経新聞夕刊に掲載されたものです。
サッカー女子ワールドカップ(W杯)の優勝をかけたPK戦。一度も勝ったことのなかった格上の米国を相手に、日本代表「なでしこジャパン」ならではの粘り強さがもたらした決着の付け方だった。
見ている僕らが手に汗を握る。その緊張をよそに、円陣を組んだ佐々木則夫監督と選手たちは笑顔にあふれていた。監督は「ここまで来ただけでもうけものや」と言って、その場の雰囲気を和ませ、選手をフィールドに送り出したという。
対照的に米国チームは、2度、同点に追いつかれたプレッシャーからか表情がこわばっていた。
PKのゴール率は8割といわれているが、GKの海堀あゆみ選手の見事な反応で、日本は5本目の結果を待たず優勝を決めた。
パフォーマンス学の権威である佐藤綾子日大教授に聞いたところ、「笑顔はリラクセーション、安心感、ゆとりを与える。特に緊張が高まる状況では筋肉の緊張を解き、良い状態を導き出すのではないか」との指摘を受けた。
効果的な伝達には「心から笑って伝えることが重要」という。佐藤教授の研究に「好意の総計」という統計がある。1人の日本人女性が「どうぞ」「どうも」「ありがとう」という3語を状況を変えて発するという映像を延べ2000人に見せ、受け取り方を測定した。その結果、顔の表情で60%、声のトーンで32%、そして言葉で8%の人が「好意」を感じていることがわかった。女性は特に言葉以外に対する反応で、男性よりも敏感だという。
スポーツ心理学に「ゾーン」という言葉がある。過度な緊張でもリラクセーションでもない、ワクワク感や高揚感と集中心が共存する理想的な精神状態だ。PK戦の勝敗は一瞬で決まるため、緊張がいやがうえにも高まる。この状態から選手をゾーンに持っていくのは至難の業だ。意図的なものを感じさせず、ごく自然に笑顔で送り出した佐々木監督に、なでしこたちを引っ張ってきた包容力と温かな人間性を感じたのは僕だけではないだろう。
笑顔や笑いには不思議な魔法がある。心からわき上がる笑いは自らを解き放ち、力と勇気を与えてくれる。「笑う門には福来る」というが、どんな厳しい状況でも笑顔を忘れない余裕があるからこそ、少ないチャンスをものにできるのではないだろうか。
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