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潮の満ち引きの謎

2017年9月2日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、海岸で子供と遊んでいると、海岸線がやけに遠いのに気がついた。「逗子近辺が(満潮と干潮の差が大きくなる)大潮の時、午前11時ごろに必ず最干潮になるのだよ」。ヨットをやる友人に数年前に聞いた話を思い出して時計を見ると、まさに午前11時。スマートフォンで潮見表を見れば大潮である。さらに一年間の大潮を調べると、湘南地方では、大潮の中でも最も潮の満ち引きが大きい日にも午前11時前後に最干潮がくる。

 一般的な説明によると、大潮が起きるのは月、地球、太陽が一直線に並ぶ時、引力が一方向に働いて海水が大きく動くからである。同様の説明が気象庁のホームページにもイラスト付きで記してある。この絵はわかりやすい誇張なのだろう。太陽、月、地球が直線に並ぶ時、丸い地球を覆う海水が、この直線状の双方向に引っ張られて、楕円形に大きくゆがんでいる。
 これが大潮というわけ。小潮になると、月と太陽が地球に対して直角の位置をとり、海水に働く力が拮抗する。イラストでも、小潮のときの海水は地球を丸くきれいに覆っている。
 大潮のときの海水の極端な変形は一つのデフォルメであり、僕としてもこういうものだなと思ったが、ふと疑問も膨らんだ。もしこのイラストが正しいのなら、太陽が真上にある昼時、さらに月が南中(真上)にある大潮の午前11時に干潮が来るのはおかしい。話が逆だ。昼間は満潮でなければいけない。この疑問を海に詳しい友人や釣り仲間に尋ねても、そんなことは考えてみたこともなかったという。

 僕はどうしても真相を知りたくなり、海上保安庁の海の相談室と気象庁の海洋情報部に電話をかけた。
 当初それぞれの専門家も答えに窮した。彼らも全国の潮見表を確認し、特に太平洋では大潮の時、地域によって時間差はあるものの、年間を通しって日中のほぼ同時刻に干潮が起きることに気がついた。それぞれ「すぐに答えられないので、調べてから返事します」とのことであった。
 しかし、さすが気象庁と海上保安庁、後日それぞれの担当者から連絡があった。2人の説明はほぼ同じ。太陽、月、地球が一直線になる時に最も大きな引力が働くのは確かだが、海水の粘性、地球の自転や地形が影響して、微妙な時差が生じるのだそうだ。納豆をご飯にかけようと器を傾けても、すぐには落ちないようなものかなと僕は思った。これで安眠できそうだ。

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