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エベレスト遭難 映画に

2015年10月31日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 ついに本格的なエベレスト登山映画「エベレスト3D」が封切のとなる。先月、僕はこの映画を試写会で見る機会があった。
 この映画は1996年、8人もの犠牲者を出した史上最悪とも呼ばれる大量遭難事故を基にしている。この模様は米国ジャーナリスト、ジョン・クラカワー氏のベストセラー「空へ」をはじめ複数の書籍が出版され、日本でも難波康子さんがこの事故の犠牲者のとなり多くの人に知られることになった。

 今回ハリウッドがこの遭難を描くことになる。なぜ、これほどこの遭難が多くの人の感心を呼ぶのだろうか。一つにこの事故はエベレストで起きたということ。そしてそれが商業公募隊登山の過渡期に起きたことであったからではないだろうか。商業公募隊とはベテランガイドが一般公募により隊員を募り、商業目的で隊を編成するスタイルの登山である。
 これまでエベレストやヒマラヤの高峰は一部の洗練された登山家しか足を踏み入れることができなかった。しかし商業公募隊によりエベレスト登山は一般の登山者にも手が届くようになった。公募隊の人口増加によりこれまで考えられないような問題が出てきた。危険箇所での待ち時間、ルートの設定の分担、各隊の情報共有不足、登山メンバーの技量のばらつきなどである。この遭難はまさにこうした時代背景から生まれたものと一部では考えられている。

 この映画はハリウッド最高のスタッフと一流のアクター、そして登山家であり映画製作のエキスパート、デイビッド・ブリシャー氏がアドバイスしただけあってエベレスト遭難の細部だけではなく人間模様も描かれていた。それは登山するものだけではなく、無事帰還を待つ家族の心情であった。登山をする時は、自分のロマンに命だけでなく、自分の安全を願う家族の思いを天秤にかけることになる。この映画はまさにそこを問う。いつも登る側として身につまされる思いであった。

 この映画は20年近く前に起きたこと。現在ではこうした事故を防ぐためペースキャンプでは隊同士のミーティングが行われ、ルートの設置の分担、登山日の情報交換などが行われている。しかし96年の遭難は僅か20隊で起きた。現在では30隊以上がひしめいていて、そのほとんどが公募隊である。史実を直視すると言う意味においてこの映画は貴重である。

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