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AIが進化、冒険心は

2016年10月15日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、札幌の道民活動センタービル「かでる2・7」でTOKYO FMの公開放送「未来授業」を道内の学生や社会人向けに行った。そのテーマはズバリ「人工知能(AI)ロボットはエベレストに登ったら喜ぶか?」というタイトルだった。
 僕自身、原稿を書く際も駅の行き方を調べるにもスマートフォンが欠かせない。現代の生活にIT(情報技術)はなくてはならないものになった。少々ハードルが高いタイトルだと思ったが、その準備を始める過程で最近のAIの進歩に驚いた。

 その一つが今年3月に韓国で行われた韓国プロ棋士、李氏とAI囲碁ソフト「アルファ碁」との戦いであった。
 これまでチェスや将棋では、AIがプロ棋士を破ってきた。しかし、囲碁は盤面が広く、局面の数はチェスや将棋をはるかに上回る「10の360乗」に達するとされる。棋譜をプログラムされて打つAIが、盤の全体を眺め、直感をも使って打つプロの棋士に勝つには10年はかかるといわれてきた。
 それまでのAIであれば、膨大な棋譜を覚えさせて力技で勝負してきた。しかし、米グーグルが開発したアルファ碁は、人間の脳の神経回路をまねた「ディープラーニング(深層学習)」と言う手法を採用。人間が対戦を通じて上達するように、アルファ碁は自己対局を繰り返し、勝ったり負けたりする経験から判断力を高め、未知の局面でも最適な手を選ぶようになっていったという。その結果、AIが4勝1敗で世界トップ級の棋士を圧倒した。

 残念なことだが、プロ棋士を倒してもそのコンピューターは喜ぶという感情は持ち合わせてはいなかっただろう。「エベレストを登ってAIは喜ぶか」。それは技術的な問題ではない。自発的な意思を持ってそれを行い、完結したときに生まれるのが「うれしい」と言う気持ちだ。最も人間的な感情が表れる瞬間といってもいいだろう。
 ITや人工知能の技術は進み、すでに写真認識、手書認識、金融予想などこれまでコンピューターが苦手とされてきた抽象的な事柄を認知するのにも役立てられている。こうして最適な情報を安易に得られる便利な世の中になると、反対に必要とされるのは、一見無駄とも思えることに情熱を注ぐ冒険的な要素なのかもしれない。

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