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器用なシェルパ

2013年4月20日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 エベレストに向かう途中、いつもシェルパの里「ナムチェバザール」に数日滞在する。高度順化を行うため近くの山や丘に登って過ごすのだ。
 山を登っていると、制服を着た子供たちに追い越される。僕達がトレーニングで登る、その坂道は通学路でもある。彼らは毎日朝8時にナムチェを出発して、クムジュンにあるエドモンド・ヒラリー卿が設立した学校に向かう。8時50分の始業に間に合うよう、僕たちの足で2時間ほどかかる道程を半分以下の時間で飛ぶように登っていく。

 現在、この学校のおかげで僕の世代のシェルパのほとんどはネパール語、シェルパ語、英語、そしてそれ以外の言語を1つ習得する。1世代前は登山のガイドやポーターという仕事だけだったが、今は医者、歯医者、パイロットなど様々な職業に就く機会を子供の頃から教育を受けた彼らは持っている。
 元来シェルパ族は非常に器用で順応力が高い。遠征隊のコックはイタリア、フランスから和食まで様々な料理をこなし、ナムチェではインターネットのインフラ整備もシェルパ自らが行っている。
 この学習能力の高さは彼らが幼いころから毎日、山を登っていると関係しているのではないかと思う。米国、シカゴのネーパーヴィル・セントラル校でユニークな「0時限授業」という試みが行われた。授業が始まる前に有酸素運動を生徒にさせたところ、参加した生徒はリーディング能力と読解力が飛躍的に伸びたと報告されている。

 運動は脳のニューロンの結びつきを促し、学習能力を高める。シェルパたちが毎日通学で歩くのは彼らの高い能力に寄与するのではないかと思った。
 しかし、皮肉にもシェルパはある程度、生活が安定すると首都であるカトマンズに移り住むことが多くなっている。先日、友人のピンゾーシェルパに会いに行った。彼の息子、チミシェルパには奥さんと4歳になる娘がいるはずだが、母娘(おやこ)の姿が見えなかった。2人は娘が幼稚園に通うためカトマンズに移り住んでいるとピンゾーさんは悲しそうに話した。
 母親の教育熱心さは万国共通だが、この話を聞いた僕は、ごみごみとして閉塞的なカトマンズの都会よりもナムチェの自然の中でのびのびと遊び学ぶ方が、子供たちにとって頭脳、心身共に良き教育になるのではないかと思った。

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