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父の挑戦支えた山岳医

2014年11月8日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、父の80歳エベレスト挑戦をサポートしてくれた国際山岳医大城和恵先生が「三浦雄一郎の肉体と心」という本を出版した。
 その本は「病気」「挑戦」「人生「家族」「食」「セックス」「寿命」と言う章に分かれていて、それぞれ国際山岳医としての視点や女性から見たエベレスト挑戦が描かれていて興味深い。

 父は「心房頻拍」と言う持病を持ってのエベレスト挑戦だった。大城先生は普段、心臓血管センター北海道大野病院の医師であり、心臓内科が専門だ。そのため今回の父の挑戦にとってこれ以上ない人材である。その上、現場では女性ならではの細かな配慮で「お父さん」の体調に気を使っていた。医者嫌い、薬嫌いの父に対してたとえそれが処方された薬でも父が納得しなければ無理強いしない。しかし本当に必要な時は僕を含め父と相談し決定するため、大城先生の言うことに意外にもすんなり従うのだ。 

 そんな大城先生が強い口調で話したことがあった。エベレスト登頂後、父が極度の疲労のため山頂から大城先生が待機しているキャンプ2まで30時間以上もの行動時間をかけて下りてきた時であった。父はすぐさま大城先生から点滴を受けたが、身体的ダメージは色濃かった。その後もベースキャンプまで下山があるので僕は父に相談すると「これが最後のエベレストになるかもしれないから自分の脚で下りたい」と話した。
 これを受け大城先生、倉岡ガイド、平出カメラマンを呼び緊急ミーティングを行った。父の意見を尊重した僕に対し、大城先生は毅然とした態度で「最悪を回避するためにヘリコプターを使いましょう」という。僕は「父が最悪を回避するような人であればエベレストには来ない」と返すと大城先生は「その最悪と医療の最悪を一緒にしないでください」。父と相談すると意外にもすんなりと「ヘリコプターを呼ぼう」といった。その言葉に意外だが安堵した自分がいて、なぜかしら涙が止まらなかった。

 登山を行っている最中、冷静でいられるのは難しい。特にエベレストのような大きな山から下りてくる場合もだ。僕は大城先生が、この時医師として率直な意見を述べてくれたことで今回の遠征を無事終えることができたと思う。本当に彼女がチームドクターでよかったと思った。

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