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反応速度と予測力

2015年12月5日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、日本が誇るテニスプレーヤー、錦織圭選手が参加する日清食品ドリームテニスARIAKEを見に行く機会があった。
 大会の収益の一部は東日本大震災の支援や世界食糧計画(WFP)に充てられる。注目は錦織選手と彼のライバル、マリン・チリッチ選手(クロアチア)の8ゲームマッチ。身長198㌢のチリッチ選手から放たれるサーブは強烈で後ろの観客席で見ている僕たちでさえその威力とスピードに度肝を抜かれた。

 このエキシビションマッチでは正確にチリッチ選手のサーブのスピードが分らなかったが、過去のチリッチ選手のデータによるとファーストサーブの平均は時速195.2キロ、最高スピードは211.2キロとある。新幹線並みだ。テニスコートの縦の長さが23.77㍍として、もしチリッチ選手が平均的なファーストサーブをセンターサービスラインギリギリに真っ直ぐに打ったとすると約0.43秒後には錦織選手のいるベースラインに届くことになる。
 聴覚による反応が0.14秒、視覚による反応時間は0.18~0.20秒だと言われている。視覚が聴覚より反応が遅いのは視覚が無作為に網膜に届く多くのイメージ情報を取捨選択し必要な反応刺激を模索しているからだと考えられている。

 テニスにおけるサーブはセンターマークからシングルサイドラインの幅4㍍以上の距離の中、どこに打ち込まれるか分らない。瞬時にフォアかバックのような選択を迫られると貴重な反応時間がさらに遅れることになる。
 錦織選手はチリッチ選手のサーブを受ける時0.43秒の間に球に反応し、玉の行き先を予測、移動してフォームを決めて、打ち返す場所まで判断する。これは反応速度以上に予測力に優れていないとできない芸当である。お互いの癖、その日のパターン、心理状態、こうした読み合いが試合を左右する。

 この日のマッチはお互いサーブゲームを譲らず、エキシビションマッチ特有の8ゲーム先取ルールにより最後は最初にサーブ権を持っていた錦織選手が勝った。彼らの本来の試合は4時間以上にも及ぶときがある。体力、精神力、技術、知力が総合的に試されるのがテニスである。この日はエキシビションマッチならではのユーモアあふれる展開に満員となった有明コロシアムの観客は喝采を送った。

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