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次世代育むコーチング

2016年3月12日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先週、韓国のスポットコーチとして田沢湖で行われたフリースタイルスキー・モーグルのワールドカップ(W杯)に参加した。
 韓国のモーグルチームは平昌(ピョンチャン)五輪に向け強化している。特にトリノ五輪銅メダリスト、韓国系米国人、トビー・ドーソンがコーチに就任して以来、複数の韓国選手がW杯の決勝に度々姿を現すようになった。彼らはトビーの専門的なコーチングを少数の選手に集中し、エリートチームとして平昌への強化を図っている。
 僕の役割はそのエリートチームの次世代選手であるジュニア選手ジン・ウォン選手のコーチングだった。上を目指すいちずな姿勢と努力が見られ、それだけに僕のコーチングの技量が問われる。

 同じコーチエリア内には数年前まで選手であった、僕の後輩の上野修や附田雄剛が立つ。彼らとは選手時代に苦楽をともにして競技生活を続けてきた。
 選手が試合に臨む時と練習ではメンタリティーが違う。練習では新技術に挑戦するほか、弱点克服のためコーチングを受け入れる姿勢がある。だが、試合前はこれまで培った技術を100%出し切るための集中力と自信が必要だ。そのため選手は本番前、練習の時よりもメンタル面でふさぎがちになる。
 附田も選手の時、周りに人を近づけないほどの鋭い緊張感を放っていた一人である。しかし、コーチとなった彼は、選手が公式練習で滑り降りると最初に選手のいいところを挙げる。今後と現在の問題点をピンポイントで話し、その具体的な改善策をアドバイス、さらに送り出すときには選手に自信を持たせるよう声掛けをしていた。

 附田が実践するのはサンドイッチ方式と呼ばれるコーチング法だ。問題と改善点をその選手の長所と自信を持たせる言葉の間にはさみ、選手の心の中に届きやすくする。こうして改善点を具体化させることで選手に明確な目的を与え、試合自体の緊張よりも自分の行うべき滑りに集中させる効果がある。
 長い選手生活の中、思考錯誤の上で行き着いた指導法なのだろう。彼が後輩達に紡ぎだすアドバイスの一つ一つはそれらの結晶なのだ。同じコーチという立場でコーチングエリアに立った時、「うかうかしてられないな」という焦りとともに後輩達の成長をうれしく思った。

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