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アンデスとヒマラヤ

2019年1月12日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 ともにアルゼンチン国内にある首都ブエノスアイレスからメンドーサへの移動便は、南米大陸を横切って東から西へ飛ぶ。機内から窓を眺めると、ひたすら平たんな土地を豊かな農場が埋めていた。山らしい山が見られるのはメンドーサに着いてから。アンデス山脈の東側の入口に当たる都市がここである。

 南北に7500キロを走る世界最長のアンデス山脈は、縦に伸びる3つの山脈が重なるように並んだ帯状の造りになっている。僕の父、三浦雄一郎以下この遠征隊が目指す南米最高峰アコンカグアにいたるには、うち2つの山脈を越えなければいけない。メンドーサを出発し、山を迂回するように一度南に車を走らせてから谷沿いに北上して、1つめの山脈に入る。道中は絶景続きで、険しい山々と川が造形したスペクタクルは、あのグランドキャニオンを思わせるものだった。

 入り組んだ山岳道路を抜ける。突然視界が開けて、最初の高度順化の町ウスパジャータに着いた。
 標高2000㍍、乾いた砂漠気候の土地である。高い樹木の緑に覆われたこの町は、それだけにひときわ目を引く。山脈と山脈の間の盆地に位置し、水に恵まれ、珍しいことに水道水を直接飲める。インカ語でウスは「のど」、パジャータは「好ましい」の意。つまり、のどを潤す土地というわけだ。
 ウスパジャータを一歩出ると、荒涼とした山岳景色がひろがる。この景色、どこかで見たことがあるぞと思いあたったのがヒマラヤ山脈の北側に面するチベット高原のことである。 

 ヒマラヤ山脈は、インド亜大陸プレートがユーラシア大陸と衝突し、その下に潜り込むことによってできあがった。アンデス山脈は、太平洋にあるナスカプレートが南米大陸プレートにぶつかって土地が隆起したものである。メカニズムがとても似ていて、山脈と高原の形状にも通じるところがある。衝突した側面は急激な造山運動によってより険しい山容を呈し、内陸にいくに従って起伏は緩やかになる。ウスパジャータ周辺とチベット高原という2つの土地の、ともに山脈の内側にあるがゆえの類似点なのであろう。

 オーストラリアの登山家ハインリヒ・ハラーとダライ・ラマ14世との交流を描いた映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」は、ここウスパジャータで撮影された。遠く離れたこの地に「チベット」を見いだしたのは僕だけではなかったようだ。

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