見出し画像

「塩は生命の源」実感

2016年11月19日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 日本で2000年に公開された「キャラバン」と言う映画がある。ネパールのドルポ村を舞台にそこに住むシェルパが交易のためにヤク(高所に適応した牛)に荷を積んでネパールの厳しい山岳地帯をキャラバン(ヤクの行軍)する話だ。
 彼らは命がけで数日間かけ切り立った崖を通り、雪すさぶ山を超えていく。その荷物の中身は何かというと「塩」である。ヒマラヤの山岳地帯では岩塩が取れる。危険を承知でキャラバンし、その岩塩と低所で作られる農作物とを交易するのだ。

 大人の平均的な体の中には約200㌘の塩が存在しているといわれる。体内で塩はナトリウムとして働き体液と細胞の浸透圧のバランスと水分量を調整している。塩分は高血圧のもととされ、現代では悪いイメージがあるかもしれないが、塩は必須ミネラル(体で合成できない)で重要な栄養素である。
 長時間の登山中、電解質(ナトリウム、カリウム等)を含まないお茶や水で水分を補い続けると筋肉がけいれんする場合がある。神経は電解質の浸透圧差と電位によって伝達が行われ、筋肉の伸張調整に重要な役割を担う。それが発汗により不足し、補われないとけいれんにつながる。僕は登山では電解質を含むスポーツドリンクを勧めている。
 塩は調味料としても重要だ。塩加減だけで肉や魚が本来持っている味を引き出せる。また塩は古くから保存食を作るのに欠かせないミネラルだ。余分な水分を引き出し食材の腐敗を防ぐこともできる。

 僕たちの体と生活に密着している塩を海から作ろうという試みを逗子のアウトドアプログラム「黒門とびうおクラブ」で行った。クラブの主宰者の永井巧さんとそのインストラクター、子供たちは海水をアルミ鍋に入れ、まきストーブの上に置く。まきは近所で伐採したものを譲ってもらった。それを子供達がおので割り、ストーブにくべる。そして火の調整をしながら海水を沸騰させ蒸発するたびにさらに海水をつぎ足し塩分を濃くする。
 それを一晩中繰り返すと翌朝、鍋のそこにはびっしりと塩ができた。なめてみると海が濃縮された食感がある。子供たちはそれぞれ持ち寄った食材にかけて食べた。それだけの塩を作るために必要な火力を確保する手間と時間を肌で感じながら味わった。その塩はまさに生命の源ともいえるものであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?