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登山は最高の「授業」

2012年11月24日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 標高5200㍍。ロブチェイーストのハイキャンプに向かう途中、父、雄一郎は急に立ち止まりあえぐように肩で息をした。心拍数は1分間に170回。すぐに近くの石に座らせ呼吸を落ち着かせた。
 5000㍍を超える標高で歩いても、父の心拍数は1分間に120回を超えることはめったにない。しかし、不整脈(心房頻拍)が起きるといきなり心拍数が上がり、心臓は空打ちしてしまう。こうなると体に十分に血液を送ることができなくなってしまい、その場で行動が止まってしまう。
 こうした発作は5分程度でおさまるが、その間、できることと言えば呼吸を落ち着かせ、水分補給をするくらいだ。トレッキングを開始してから10日間、こうした発作に20回以上は襲われた。

 これから先の高度では、さらに難易度の高いクライミングが要求される。これ以上の登山は困難と考え、ロブチェイーストのハイキャンプである5300㍍を最高地点として下山を開始した。
 発作がこれほど頻繁に起きたことには驚いたが、それほど意外な出来事でもなかった。心房頻拍と思われる症状は昨年のメラピークでも、今年の剣岳の合宿でも見られた。ただその頻度が少なかったので治療に対しての必要性を検討していなかった。
 今回の遠征では父は早い段階から虫歯に悩み、風を患い、体調はいいとはいえなかった。そのために心房頻拍がこれほど頻発したのだろう。ただ、そのおかげでエベレスト本番前に取り組むべき課題が明確になった。対策を練り、積極的に対応する時間は十分にある。僕たちは運が良かったと思う。

 帰国後、すぐに2度にわたって父を手術してくれた家坂義人先生のいる土浦協同病院(茨城県土浦市)に向かい、3度目の手術を行った。手術の翌日、家坂先生は「頑固な不整脈であった。根気のいる治療ではあったが、今朝の心電図を見ていると、これまで心房頻拍を誘発していると考えられている不整脈が5分の1になった」と経過を説明してくれた。根治したとは言い難いと先生は言うものの、状況は明るくなった。
 テストや練習を重ねることによって取り組むべき課題は見つかるが、実際の登山以上に多くを学べることは無い。ロブチェイーストを下りながらも、一歩一歩エベレストに近づいていることを実感した。

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