見出し画像

夏の富士山で忍耐学ぶ

2017年8月5日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 つい先日、富士山に富士宮ルートで登った。僕の長男が以前通っていたサッカークラブ「NPO法人FCUスポーツクラブ」の清野乙彦代表とメンバーの子供たち、逗子の友人家族、そして僕と長男で総勢23人。

 富士山には2年前にも、長男を連れて行ったことがある。しかし、標高が高く単調なのぼりが続く登山は当時6歳の長男にはこたえたようで、途中「苦しい」と何度も漏らし、やむなく7合目付近で引き返してきた。僕たち親子にとっても再チャレンジの機会であった。
 何といっても日本一の山である。日本のシンボルであり、ほとんど4000㍍峰である。体力と覚悟が要るし、日本のほかの山を登るとき以上に、呼吸を意識しながらゆっくりと歩くヒマラヤトレッキングに近いアプローチが必要となる。

 子供達にとってはこれが難しい。いつもスポーツをしている子は特に、ゆっくりペースは物足りない気持ちになるのだろう。序盤はおしゃべりが多く、強がりを言っていた。だが7合目をすぎる頃には口数が少なくなり、顔色も悪くなる子供が出てくる。遅れはじめた子は次々に「苦しい」「つらい」ともらすようになる。こうした子たちを先頭の僕はすぐ後ろにつかせ、呼吸と足の出し方を1歩ずつ教えた。
 子供の体と心は、登山の歩みになかなかついていけない。酸素が少ない富士山で苦しくなると、どうしていいのかわからなくなりパニックになる。しかしこうして足を出すタイミングを呼吸に合わせ、ゆっくりと繰り返していると酸素が体中に行きわたり、気持ちが落ち着いてくる。それが次の1歩を踏み出す自信につながり、登り続けることができるようになる。初日の宿泊小屋の万年雪山荘についた頃には、みんな元気を取り戻し、万年雪に触れてはしゃいでいた。

 翌日早朝、霧雨にぬれながら山頂を目指す。まだ暗く、山頂までは景色も見えなかったが、登頂してしばらくすると雲が散り、晴れ渡った絶景に祝福された。子供たちは山頂の噴火口に驚き、眼下に広がる雲海に見とれていた。疲れも吹き飛んだようであった。
 夏の富士登山は技術よりも忍耐だ。麓から見上げると山の峰ははるかかなたにあり、手は届きそうもない。だが一歩一歩の連なりが必ず山頂へと続いていく。それを知った子供達にとって、山頂からの景色は大きな意味を持つ事だろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?