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暗闇から世界が変わる

2015年4月4日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、2年ぶりに東京・神宮前(現在はアトレ竹芝シアター棟1F)にあるダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)に友人と行って来た。DIDは光源0の暗闇の部屋に多数のギミック(アイテム)が用意されている。人は光源0の完全な闇の中では目はなれることが無く、視覚は完全に遮断される。5~8人ほどのブループを視覚障害者であるアテンド゙スタッフが案内してくれる。知らない人同士でも楽しめるのだが、今回の僕たちのように最近では友人同士のイベントや企業研修、さらには結婚式までDIDでは開催されているという。

 ギミックは季節ごとに用意され、今回は冬バージョン。暗闇の中、小上がりとコタツが用意されていた。そのコタツの中、触感で認識できる特殊なトランプでゲームを行った。アテンドスタッフはどこにだれが座っているか声を元に正確に把握していて、カードは正確に手元に配られる。彼らは造作なくそれをやっているが、同じ事を僕たちがやろうとすると、見当違いの方向にトランプが飛んで行く。
 暗闇の中では声を掛け合わなければうまくいかない。DIDの中には小川が流れていて橋を渡る。アテンドスタッフが最初に誘導した後、友人たちは順番に声を掛け合い足場や手すりを確認して渡りきった。また音の出るボールでキャッチボールをするのだが、それも一つ一つ声で確認してその方向にボールを転がす。こうしたコミュニケーションを行っているうち、お互い社会的な立場を意識していたその垣根が取り払われる。最後の暗闇バーでは、暗闇で起きたハプニングをお互い大笑いしながらみんなでワインやビールを飲んだ。

 DIDが「ソーシャルエンターテイメント」と呼ばれるゆえんが少し分った気がする。当たり前の話だが、暗闇の中でも世界のあらゆる物は存在する。DIDは視覚を遮断することで、その存在をにおい、音、味など多重的に浮き彫りにする。僕たちは日常生活の身近なものでありながらその存在の違う側面と触れ合い、新たな世界の扉を開いた気持ちになる。
 いつも当たり前のように接している人たちでも暗闇ではお互い言葉や触れ合うことのみでコミュニケーションをとる。するとこれまでとは違う側面に触れ、心の距離が縮まるようだ。DIDはそこに用意された季節ごとのギミックだけではなく、だれと入るかによっても毎回全く違う経験が得られるのだ。

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