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「山の神様」の世界

2018年11月24日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 友人がキリマンジャロを登るというので、トレーニングにつきあって神奈川の丹沢にある大山を登ってきた。江戸時代、年間20万人が「大山詣(まい)り」に来山したとされる信仰の山である。

 行ってみると、沿道は霊験ある山の来歴を示して、多くの土産物屋や茶屋が軒を並べていた。女坂を登り、阿夫利神社下社に着いたところで、雨が強く降りだした。急いで茶屋の一軒に立ち寄って雨宿り。お団子やコーヒーを注文すると、店のおばちゃんが大山のことをいろいろ教えてくれた。おもしろかったのが「大山は富士山のお父さん」という話である。
 驚いたことに、富士山本宮浅間大社の祭神「木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)」は大山阿夫利神社の祭神「大山衹大神(おおやまつみのおおかみ)」の娘だという。だから富士山に登って大山に登らないのは「片参り」といって落ち度がある。双方を登って初めて「両参り」の首尾整う。富士山と大山の意外な接点。僕も今回、大山の顔を立ててやっと一人前の参拝者になったわけである。

 ネパールやチベットにも山岳信仰がある。僕たちが「エベレスト」と呼ぶあの山の名は、イギリスの測量士ジョージ・エベレストからとったものだが、もともとは「ジョモミヨラサンマ」というヒンズー教の女神に由来する名前があった。この女神は5人姉妹の1人で、勇ましく虎の背に乗り、右手におわんを、左手に健康の源を吐くマングースを持っている。実際にエベレストを眺めれば、なるほど世界一高いあの峰は、南に連なるローツェの山という虎の背に乗っかっているようにも見える。
 世界一といっても、神様の位では近くにあるクンビーラ山にはかなわない。なにしろエベレストがある地方はクンビーラ山にちなんでクンブ地方と呼ばれるくらいだから、これは神格の高い山である。

 そのクンビーラ山は、実は日本の金比羅権現と由来が同じ。日本には金毘羅山(金比羅山)と称せられる山が7つもあるが、これらの山もクンブ地方のクンビーラ山も、大元の神様はガンジス川に棲(す)むワニの水神。水上交通安全の守り神だ。それが日本では、なぜか蛇に転じて祭られている。実はクンブ地方にも蛇伝説があって、僕たちがトレッキングで使う古道は大蛇によってできたという。あるいはすべてが同根で、神様の世界は意外に狭いのかもしれない。

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