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子供とスポーツ

2017年11月11日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 10月下旬、岡山市の環太平洋大学で「第14回子ども学会議」が開かれた。テーマは「子供とスポーツ新時代」。僕の父、三浦雄一郎のエベレスト登頂にまつわる展示も催され、僕も参加させてもらった。

 冒頭の講演で講師を務めたのは元陸上選手の為末大氏。400㍍ハードルを得意とした彼は、日本人で初めて陸上短距離種目の世界選手権メダリストとなった。背の高い選手が有利とされるハードル種目で、身長170㌢の為末選手が次々と背の高い外国選手を抜いていく光景に感動したのを覚えている。
 講演で為末氏は、子供たちとスポーツとの関わりについての話を聞かせてくれた。興味深かったのは子供がポジションなどの役割にどう適応するか、という話。たとえば野球であれば投手、捕手、野手などのポジションごとに異なる能力が必要だ。打者としての能力ももちろん別のもの。それぞれの能力は練習によって養われ、場面に適した働きができるようになる。しかしながら、成長段階において一つのポジションや役割に特化した練習を積むことが、そのほかの能力にとって不利に働いてしまう場合がある。長距離ばかりを走っていると短距離が遅くなる、片方の腕や足ばかり使えば左右のバランスが崩れる、といった具合に。

 練習に対する姿勢についての話にも考えさせられた。日本ではコーチの教えに従うことがスポーツの上達につながるとされている。高校まではこれで十分であるが、さらに上のレベルで戦う選手には考える力が必要。自分の考えを持ち、時にはコーチに意見をぶつけながら行う練習と、従うだけの練習とは正反対の姿勢といえる。練習適応は肉体的、精神的に有利になると同時に不利な側面も生む。
 為末選手が重要だと考えるのは「ブリッジ」の能力。強い力を持つことや勝つための工夫、目標設定など、厳しい練習や試合を通じて培ったプラスの素養を他の活動に橋渡し(ブリッジ)する能力である。

 この力は、スポーツ選手が社会に出た時にも重要な役割を果たす。すべての人がオリンピックに出られるわけではないが、スポーツで培った挑戦の精神や逆境を楽しむ心、自立的な行動力を社会に還元できれば、それは大きな力となる。練習によって速く走ったり高く跳んだりできるのと同じように、ブリッジの能力を学び鍛える。スポーツを学びながらスポーツから学べるところはまさにそこにある。

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