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最新装備も使い手次第

2011年1月29日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 最近のウエアは高機能だ。薄くて軽くて暖かいものが多い。それぞれのウエアの役割を理解すればさらに幅が広がるだろう。体を温めるには、いかに外気の影響を受けず暖かい空気の層を体の中に保つか、ということから始まる。

 下着は速乾性に優れている方がよい。なぜなら水分は空気の25倍の熱伝導率があり体温を奪ってしまうからだ。そのためもっとも外に着るアウターウエアは外気を遮断すると同時に内部にたまった水蒸気を排出することが求められる。そんな意味でゴアテックス素材が開発されたのは大きい。
 中間着に関しては空気の層を保つものが望ましい。最近ではインナーダウンと呼ばれている薄手のダウンが街着のファッションとしても着られているが、アウターウエアと組み合わせれば僕の経験上、ヒマラヤのマイナス20度程度まで体が温かい。
 インナーダウインにも弱点はある。それは汗をかくような運動を長時間続けると中のダウンがぬれてつぶれてしまうため、本来の保温効果がなくなる。そのため僕は中間着にフリース生地のものを選ぶ。フリース生地はぬれても空気の層を保ってくれる。 

 『一万年の旅路』という、ネーティブアメリカンのイロコイ族という部族がアフリカから出て北米大陸東部まで歩いた道のりを口伝してきたものがある。著者はポーラ・アンダーウッド、イロコイ族の末裔であり選ばれし語り部だ。
 その語りの中に、人類最初とされるウエアについて面白い口伝があった。彼らの旅路の途中、部族長の幼い息子が寒さのために亡くなった。祖父(つまり部族長の父)は悲しみのあまり部族を離れた。
 どうすれば一族を寒さから守れるか。そこで思いついたのが獣たちの毛皮だ。獣の皮を水で洗い噛んで柔らかくした。こうして最初の毛皮が生まれたのだが、毛皮を着て部族に戻って見ると、2本却で立つ獣が来たと、みな恐れおののいたという。しかし、それが部族長の父だと知るとその知識が広まり、以来イロコイ族は毛皮を防寒着として使った。

 毛皮はぬれても空気の層を保ってくれる優れた素材だ。最新の技術に裏付けられたウエアを持っていてもその知識が無ければ宝の持ち腐れになる。結局は使い手の知識と工夫が極限の世界で身を守るのはいつの時代でも同じことだろう。

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