見出し画像

タネ戦争の始まり

2017年6月17日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 昨年11月に僕たちの事務所の屋上に作付けをした小麦が、このほど見事な実をつけた。このタネは一般社団法人シーズ・オブ・ライフの代表ジョン・ムーアさんにいただいたものである。
 タネがここまで育つのに、全く手がかからなかった。用途のなかったプラスチック製の箱にブルーシートを貼って土を入れ、小麦の種をまいただけ。手入れもせず肥料も農薬もまったく使わず、それがこんなに見事に実るとは驚きだ。
 このタネは、高知県で開かれた交換会でジョンさんが手に入れたものである。もとをたどれば350年前、欧州から日本に渡ったものだといい、いわば小麦の原種に近い。刈り入れた麦の茎を根元で縛り、1週間程干して乾かすと、もむだけで小麦がボロボロと落ちる。一部は小麦粉としてクッキーを作るが、一部はまた植えるためにとっておくことにした。

 刈り入れ後、ジョンさんはポケットに手を突っ込んで大豆、ソバ、マリーゴールド、唐辛子のタネを取り出した。大豆は植物の重要な栄養素の一つである窒素を土の中で固定する根粒菌を多く含む。ソバは成長の早い根が土の中に空気が入りこむ隙間を作り、根自体が肥料にもなる。マリーゴールドは土の自浄作用を促し、唐辛子は虫除けになる。これらは、一緒に植えることで肥料や農薬に頼らずとも土を豊かにし、成長を助け合う。コンパニオンプランツと呼ばれる効能だ。

 今年4月、国は品種普及を都道府県に主導させる主要農作物種子法(種子法)の廃止を可決した。種子法は地域特性のある優秀なタネを国が公費で守っていた。いわば日本のタネの防波堤としての役割を担っていた。確かに公費削減は重要である。しかし種子法がなくなることは海外企業が日本の畑に参入するのを容易にしてしまう。
 現在、海外の主要メーカーが持つ種は収穫量が多い半面、強力な肥料や農薬に依存しており、それらに耐えるため遺伝子組み換えもなされている。すべて一世代限りの品種である。一時の収穫量のみを見れば、こら外来のタネが市場で優勢となる。さらに日本の原種の遺伝子が解析され、変更を加えられて特許をとられると、日本に由来するタネを自由にまくことができなくなる恐れもあると言う。農家も個人も植物を栽培できないという事態にならないように十分な議論を求めたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?