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「挑戦」する意義 伝える

2017年10月14日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 父の三浦雄一郎は北海道のクラーク記念国際高等学校の校長を務めている。先日、その開校25周年イベントで、生徒向けの〝記者会見〟が開かれた。全国54ヶ所の拠点を合わせると、クラーク高校の生徒は総勢1万1000人。その代表69人が会見に出席し、取材活動を通じて父の所信を全国のキャンパスへ伝えるとともに、プロのマスコミ関係者に記事を評価してもらうという社会勉強を兼ねた試みだった。

 父と僕らはヒマラヤ山脈のチョー・オユーをスキーで滑降するという来年の挑戦のために準備してきた。会見で述べたのはその所信であり、高校生向けの模擬会見とはいえ来年に予定している発表内容がペースである。会場設営は大掛かりで、資料や映像の準備も本格的なものだ。何しろ85歳になった父が遠征の意義について最初のメッセージを送る場だったのだ。
 父が生徒たちに伝えたかったのは「冒険」と「挑戦」の意義だった。これまで父が成功させてきた70歳、75歳、80歳でのエベレスト登頂は年齢への挑戦であった。世界最高峰登頂最年長記録をそのつど塗り替え、あわせて科学的見地に立った研究も進めてきた。

 今回、標高で世界6位(8201㍍)のチョー・オユーに挑むのは、もちろん最高齢での8000㍍峰登頂というギネス記録への挑戦であり、加齢との闘いである。人類永遠のテーマといえるが、それだけではない。前回のエベレスト挑戦を終え、精根尽きて下山したとき、父は「今度はスキーをしよう」と言った。僕はその言葉に単なるチャレンジを超えた自由な意思を感じた。
 1970年に父がエベレストを滑降した記録映像「The Man Who Skied Down Everest」はカナダでリメークされ、長編記録映画部門で米国アカデミー賞を受賞した。それを見たフランスの記者に「三浦さん、あなたは冒険と登山の世界で第三の扉を開いた」と言われたことがある。エドワード・ウィンパーがマッターホルンを登ったのが登山の最初の扉、続いてヒラリーとテンジンが世界最高峰を登ったのが第二の扉、そして父の大滑降は登山のその先にある可能性の扉を開いたといった意味だ。

 それから50年近くたった現在、夢を追い続ける父は飽くなき探究心を持って新しい扉へ向かう。「夢・挑戦・達成」はクラーク記念国際高のモットー。父は校長として、その後ろ姿で生徒とたちにその思いを、あきらめない心とやり遂げる力を示しているのだ。

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