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「青砥流」でスポーツ振興

2016年7月9日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 2年前、新潟県の観光特使に任命された。観光特使として新潟のウインタースポーツの活性化を図ることが僕の仕事ではないかと思い活動している。
 新潟県はソチ五輪で3人のメダリストを輩出。こうした選手が活躍し続けることによって次世代が育つ「新潟ウインタースポーツサポート制度」を提案、地域と選手がつながるような活動をしている。

 その一環で先週、村上市で講演した。村上市はソチ五輪スノーボード男子ハーフパイプ銀メダリスト平野歩夢選手の地元である。昨季も平野選手はエクストリームスポーツの祭典、X Games優勝、五輪以後も素晴らしい活躍を続けている。その裏には当人の努力と才能はもちろんだが、彼の活動を支える両親、学校の理解、地元の協力がある。
 村上市は今後老朽化が進んだ現在のスケートパークをリニューアルするという。講演の1日前に村上市に入った。いろいろ案内をしてくれた中で特に興味を引いたのは「イヨボヤ会館」である。

 江戸時代、当時の村上藩は藩政を支えるため近くの三面川に遡上してくるサケを捕まえ塩漬けにして江戸に献上した歴史がある。こうしたことから世界でも珍しいサケの博物館ガ「イヨボヤ会館」だ。
 イヨボヤとは村上の方言でサケのこと。会館は地下通路を通ると三面川に併設した半地下の施設に入ることができる。ガラス越しに三面川に生息している生き物を自然のままの姿で見ることができる。
 地下通路の途中に青砥武平治の展示と彼の記述が有った。村上藩は300年前、サケの乱獲があり、三面川のサケが激減した。そこで青砥はサケの母川回帰性に着目、三面川を3つの支流に分ける土木工事を行った。一つの支流はこれまで通りの漁を行う。ほかの支流では漁を行わず葦や柴で柵を作り産卵に適した環境をつくった。サケの捕獲数は数年で回復、増加した。青砥はサケの回帰性を発見した最初の人物でサケ養殖の世界的先駆者だ。

 青砥が行ったこととアスリートの育成には多くの共通点がある。それは現在の選手の活動を支えながらも次世代の育成に力を入れるということだ。
 村上市には青砥の土壌がある。スケートパーク改築に伴い平野選手の活動をサポートすると同時に地域の子供達に遊びを通じた教育に役立てることが村上市の発展につながるのではないかと思った。

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