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ラスコー壁画と現代人

2016年12月10日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、国立科学博物館で「世界遺産 ラスコー展」を見てきた。ラスコーはフランス南西部のベーゼル渓谷にある洞窟の名前。そこには2万年前、後期旧石器時代に描かれたとされる壁画があった。
 僕がラスコーの壁画に興味を持ったのは、これらが狩猟採取の生活様式を行ってきたクロマニョン人によって描かれていたからである。クロマニョン人は分類学上、僕たちと同じホモサピエンスである。現代人は2万年前から、それほど肉体的な特徴は変わっていない。これらは人類の長い狩猟採取の時代を得て獲得したものである。とすれば、こうしたクロマニョン人の生活様式やその時代背景、文化を見ることが現代人の健康に大きくつながっていると思いアンチエイジングを研究する恩師の白沢卓二先生と国立科学博物館に向かったのである。

 館内は、当時のクロマニョン人の生活様式や時代背景の後にラスコー洞窟の一部が再現された壁画が展示されていた。それは圧倒的な力と躍動感を持つ芸術作品であった。
 暗闇に閉ざされていたラスコー洞窟、そこには、ウマ、シカ、バイソン、ウシなど様々な動物が600点近く描かれている。こうした動物の壁画に躍動感を与えているのは、いくつかの動物の動作を重ねる、もしくは並べることによって動きを表現し、様々な顔料と色の濃淡や大小で立体的に描いているからだ。これらは芸術のルーツであると同時に現代の美術と比べても何の遜色のない完成度である。作品をながめながら当時の人々のライフスタイルに思いをはせてみる。ラスコー壁画が描かれた時代は最後の氷河期から徐々に温暖化してきた時代。ラスコーの壁画を見るに限り、そこには美しい南西ヨーロッパの大地にあふれんばかりの野生動物がかっ歩している。洞窟の付近には壁画だけではなく進化した多彩な狩猟道具や多くの装飾品が見つかっている。 

 考古学のリチャード・リー博士によると、乾燥した厳しい環境のアフリカ・ボツワナに住む現代の狩猟採取民族でも週平均12~19時間ほどの狩りや植物採取で生活に十分な食糧を得ることができたと言う。
 芸術性の高さが文明の豊かさを表しているのなら、ラスコーの壁画が描かれた狩猟採取時代は思ったより心地のいい時代であったのかもしれない。

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