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光電子繊維は「着る温泉」

2016年1月23日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 エベレスト登山のような高所登山では、いかに登山の合間に体を休めるかということが、登山の成否の鍵を握る。どれだけ効率よく体を温められるかも大事だ。
 体の冷えは筋肉を細かく震わせ、エネルギーを消費する。低酸素環境下では貴重な酸素をさらに消費し、大きなストレスとなる。また、冷えること自体が血中のヘモグロビンと酸素の親和性を低くして高山病にかかりやすくしてしまう。

 僕たちは2003年からザ・ノース・フェイス社の光電子繊維を織り込んだインナーダウンをベースキャンプで着ている。インナーダウンとは薄いダウンジャケットで、登山時にアウターといわれる防風性を持った衣服の下に着用、暖かい空気の層を作る役割がある。しかし、これ自体の防寒性が高いため、ベースキャンプでは普段着として、薄い下着の上にインナーダウンのみを着て過ごすことが多い。
 光電子繊維は粒子の細かい希土類酸化物を繊維に織り込み、それが体温域の遠赤外線を吸収して再び体に放射する。遠赤外線は波長が長いため衣服を突き抜けて人体の奥まで届き、水などの分子にエネルギーを与え、芯から体を温める効果がある。また体温の放射熱であるため適度な温度も保てる。

 こうした光電子繊維の効果に着目した大阪府立大学の清水教永(のりなが)名誉教授は、健康な20~40歳代の男女各30人、合計60人を男女比が同じになるよう無作為に2つのグループに分けて、外観では区別のつかない同じ色の比較用シャツと光電子シャツを30日間、1日7時間以上着用してもらった。
 その結果、光電子シャツを着たグループはストレス反応の指標でもあるS-igA(免疫グロブリンA)が優位に上昇するという変化が見られた。S-igAはストレスがあると低下し、免疫機能を下げることが知られている。また、同グループでは疲労や老化の原因とされる血中活性酸素量が顕著に低くなっていた。さらに、脳波測定により睡眠導入が容易になり、深い睡眠を得られた。

 これまで衣類繊維の違いによる生態学的な変化というものはあまり注目されていなかった。そのため着用するだけでリラクセーション効果や疲労回復の効果が期待できるという結果は画期的である。父、三浦雄一郎はこれを「着る温泉」と呼んでいる。

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