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経験から雪崩を予報

2018年1月13日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 北海道のニセコ地区では現在、防災科学技術研究所の雪氷防災研究センターによる雪崩研究が行われている。研究チームは新潟県長岡市から来ていて、ニセコ雪崩調査所所長の新谷暁生さんが経営するペンション「ウッドペッカー」に居候している。名古屋大学大学院の西村浩一教授の研究チームで、西村教授にとって新谷さんもまた興味深い研究の対象である。
 新谷さんは一流の登山家であり、世界を股にかけるシーカヤックの乗り手である。同調査所の所長としても過去に何度も当欄に登場している。

 ニセコのスキー環境は、世界有数のバックカントリースキーの名所として知られる。バックカントリーとは、スキー場として整備された区域以外の、手つかずの自然を残したエリアを指す。ニセコ特有の湿度を含んだパウダースノーとその豊富な雪量は、昔から一部の愛好家に知られていた。だがバックカントリースキーは雪崩のリスクと背中合わせ。1980年代から90年代前半にかけて、毎年のように痛ましい事故があった。
 こうした実情を目の当たりにして、新谷さんは自身の山岳知識を生かせるのではないかと、雪崩情報の周知活動を開始した。それが現在の「ニセコルール」として定着している。

 このルールは、バックカントリーエリアに立ち入る際に原則「ロープをくぐらない」ことを徹底している。同時にゲート(ロープの切れ目)も設置する。新谷さんが発信する雪崩情報によってこのゲートの開閉の判断が下され、リスクを低くしている。ルールを設けて10年以上たつが、いまだに事故がない。ニセコは一部の愛好家だけのものではなくなり、世界に知られる安全なバックカントリーの名所となった。
 1つだけ問題が残った。雪崩のリスクを読み取って的確な情報を発信する新谷さんの働きがあまりにもめざましい。それゆえ、その域に達するまでに時間がかかり、後継者が育ちにくいのである。

 今回、僕は防災科学技術研究所の主任研究員である、山口悟博士とお酒を飲む機会を持った。この時、山口博士は「新谷さんの的確な予報の背景には自身が経験してきた膨大なデータがある」と語っていた。研究チームの目的は、ニセコの山々に自動モニタリングポストを設置して雪山のデータを集めること。同時に新谷さんの頭の中をのぞいて、雪崩予報の秘密に迫ることなのである。

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