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メラピークでスキー

2011年11月19日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 今、僕たちはヒマラヤ山脈のメラピーク(6476㍍)へ遠征中だ。メラピークはエベレストから南へ30㌔に位置し、ヒマラヤの玄関口と呼ばれるルクラから東へ4千㍍級のザトルワラ峠を越えた先、ヒンクー・コーラ谷の源流にそびえる山だ。
 僕にとっては初めて登る山であるが、父・三浦雄一郎は2001年に1度登っており、スキーがとても楽しかったという。

 ほとんどの登山家は、山を選ぶ基準に山の景色や難易度、歴史的、地位的意義を考慮するが、三浦隊にとって「スキーはどうなのか」というのが最重要項目だ。メラピークの斜面はスキー滑降に適した広がりを見せているらしく、撮影にも良いという。もっとも毎回、数週間かけてやっと登った後に滑れるのは数分程度なのだが、それでもスキーができるかどうかで山への期待感がまるで違ってくる。

 今回の遠征のもう1つの目的は、高所における父の体調を診ること。前回08年のエベレスト登頂後、3年ぶりの高所登山で、75歳だった父も今は79歳。加齢に加えて、2年前に骨盤骨折という大けがを負った。高齢で骨盤を骨折した場合、完全復帰はほぼ無理、歩くこともままならないだろうとほとんどの整形外科医はいう。しかし、父のこれまで鍛えぬいてきた肉体と80歳でエベレスト登頂という夢への思いは強かった。懸命にリハビリを行い、時には無茶に見えるほどの自己流トレーニングを己に果たして、1年後にはもうスキーを滑れるまで復活した。
 今ではスキーや長距離の自転車などを難なくこなすが、やはり骨折と回復期の長期に及んだ体力低下は否めない。そのため今回の遠征はトレーニングに加え、体力・体調を確認する意味合いもある。

 毎回、遠征には「想定外」がつきもの。必ず難題があり、いかに対処するかが遂行の秘訣だ。08年には極度の不整脈を克服しての登山だったが、直前に勃発したチベット騒乱により、急きょルートを変更しての登頂だった。03年には強風・悪天候により8千㍍を超えた高所で3日間も足止めをくらっている。
 何よりも最初に「夢」を掲げる父にとって、あらゆる困難は乗り越えるためのハードルであり、その苦労すら楽しんでいるようだ。今回も大いなる夢の旗印をあげて、しっかりと山と向き合い、素晴らしいスキーを楽しみたい。

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