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ストレスは体を強くする

2018年11月17日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 10月、新潟県阿賀野市で「健康と温泉フォーラム」が開催された。このフォーラムは、温泉地の自治体や観光関連企業が集まり、医療や環境の専門家も加えて意見を交わす場である。僕は以前から阿賀野市などでのアンチエイジングの活動に携わっていることから、ゲストスピーカーとして参加した。

 温泉の効果にヒートショックプロテイン(HSP)がある。僕たちの体を作っているタンパク質は、高温によって変質しやすい。しかし同時に、細胞が熱などのストレスにさらされると、細胞を保護するタンパク質も増えていく。これがHSPである。HSPは高温や活性酸素、化学物質によってダメージを受けたタンパク質を修復し、修復不可能なものの分解も促進してくれる。適度な入浴などの刺激によって誘導されるHSPの作用が、体の様々な不調を解消する。熱というストレスが、かえって体を強くするわけである。

 今回、フォーラムを開催した阿賀野市には五頭温泉郷がある。ここは微量の放射線を含むラジウム温泉として有名である。ラジウム温泉は免疫力や代謝を促進するとされるが、微量の放射線が人体におよぼす作用については、益か害かで議論百出のようである。
 米国のジョンズホプキンズ大学が、国の委託を受けて40年ほど前にまとめたという調査報告がある。一方に、日常的に原子力造船所の微量放射線のもとで働く労働者2万8千人。一方に、同等の環境に置かれながら放射線にはさらされていない労働者3万2千人。10年以上の長きにわたって双方を調べた結果、原子力造船所の労働者のほうが、がんの発生率が低く、全体の死亡率も24%低かったというのである。
 高線量では有害な放射線が、低線量では生物活性を刺激して死亡率を下げることを示した統計は、これ以外にも複数ある。こうした効果は「放射線ホルミシス」と総称される。いまだ仮説の域をでないが、少量のストレスはかえって健康を増進するという見方は実におもしろい。

 いまは天国にいる僕の祖父、三浦敬三は101歳までスキー滑走に精励した。父の三浦雄一郎は80歳を超えてエベレストに登り、これから南米最高峰のアコンカグアに登ろうとしている。「長寿の秘訣は?」と問われたら、父も亡き祖父も「高い目標を設定し、実現すること」と答えるだろう。高い目標はストレスにもなるが、生命を活性化させる霊薬にもなると思う。

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