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直感で論理補い博士論文

2011年11月26日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 僕はこれまでモーグルや登山など、直感型の活動を行うことが多かった。モーグル競技ではあこがれの選手の滑りをまねて、そのイメージをパフォーマンスに結び付け、登山では山全体を見て、危険な兆候などを印象として捉える。
 イメージなどで全体をとらえるのは右脳、論理分析は左脳とあたかも右脳と左脳の役割がきっちり分担されているように言われてきたが、実はそうでもないらしい。右脳の一部も論理的に解析するし、左脳もイメージをとらえる役割を担う時があると最近の研究で分かってきた。すなわち論理的な考えと直感はお互い補うようにできている。

 モーグルも技術を支えているのは物理学やバイオメカニックだ。こうした理解を踏まえたうえで練習すると、よりイメージが明確になる。
 登山でも、雪崩や高所生理学を知識として、また論理的に学んでいるかどうかが生死にかかわることもある。僕は現在、順天堂大学の博士課程で、学位を申請するため今まで研究してきた内容を論文にまとめ、海外の科学誌に投稿することになった。
 この論文は3年前から同大学の加齢制御医学講座、白澤卓二教授チームと一緒に取り組んできたもので、テーマは「高所登山者におけるヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)の発現解析」。三浦雄一郎のエベレストプロジェクトと連動したものだ。

 研究当初に得られたデータは高度順化の際、血管拡張や抗酸化作用を持つHO-1という酵素が高所登山家に限っては低酸素状態に置かれた場合、高所未経験者と比べ新たにできる量が著しく少ないということだった。しかし、この結果に自分の経験と感覚を照らし合わせたとき、違和感を覚え、実際に体内に含まれているHO-1の量を測ってみた。すると高所登山者には高所未経験者より、もともと6倍以上もこの酵素が含まれていたことがわかった。
 そのため低酸素実験では発現が抑制されたように見えたのだ。この事例をもとに論理を重ねデータを集積した。この論文は直感が論理を補う形になり、それぞれお互いをサポートして質を高めていった。

 今回のヒマラヤ遠征出発前ぎりぎりに論文を提出することができたが、久しぶりになれない頭の使い方をして相当疲れた。山に登って癒すことにしよう。身体が頭を補ってくれるだろう。

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