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不安が促す覚醒

2012年2月25日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 東洋大学で「環境ストレスと生体反応」というシンポジウムに招かれ講演した。この時、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学医学部、パスカル・カライブ准教授の「恐怖体験とストレス生命反応」という最新の研究で「オレキシン」についての興味深い話を聞いた。

 オレキシンは金沢大学の桜井武教授らが1998年に発見した脳内物質で、主に睡眠・覚醒そして食欲中枢に関わることがわかっている。パスカル准教授はさらに研究を進め、マウスを使った実験では「予想された恐怖」と「探検」をしているマウスにオレキシンが活発になるという発見をした。
 「予想された恐怖」は、いつ来るかわからない電気ショック等のストレスを待つ間の状態を指す。マウスはそうした環境下では恐怖によりオレキシンが促され「戦うか逃避か」というストレス反応を示す。
 だが、それ以上にオレキシンが活発に働くのは新環境にさらされたときだ。環境に順応する為にオレキシンによってあらゆる脳の部位の活性化と覚醒が促され、マウスの感覚は鋭敏になり集中力が増す。
 「案ずるよりも産むが易し」という。オレキシンはまさにそれを説明するのに的確な脳内物質だ。

 19日に苗場スキー場で行われたワールドカップ(W杯)で見事に2位に入った上村愛子選手にとって、今回の試合は「案ずる」ことは多かっただろう。
 バンクーバー五輪後、1年間選手活動を休止していたが、自分を見つめ直し「やはり自分はスキーをすることで人を喜ばせることが出来るのでは」と復帰を決意した。しかし成績がついてこず、緊張と注目が高まる日本でのW杯は不安いっぱいだったという。コースも一度暴走したら制御不能なジェットコースターのようで、男子でも不安を感じるもの。
 しかし彼女は「楽しんで滑ろう」と開き直って挑み、勝ち進むにつれて「負けたくない」という心境に変化していった。滑りも鋭さが増し、スピードに乗った直線的な滑りで暴走しかけた相手選手を抜き去る姿はまさに全盛期を思わせた。

 「復活」しなければという新しい環境にさらされた上村選手は、明らかに試合の最中に覚醒していったのだ。挑戦することが不安を消し去る唯一の方法であるということを選手は体感的に知っている。再び世界へ挑む上村選手に期待したい。

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