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スキーと音楽

2017年2月25日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 今年1月、K2スキーのユーザーたちが北海道のニセコのスキー場で行われた試乗会に集まった。その特別ゲストとして、ピアニストである市川高嶺さんが参加してくれた。
 パリ・エコールノルマル音楽院への留学経験のある彼女は、数々の国際的なコンクールで活躍した後、現在に至るまで海外の楽団を毎年招いてコンサートを催している。スキーの腕も一流だ。

 僕たちが宿泊していたのは登山家の新谷暁生氏が経営する「ロッジ・ウッドペッカーズ」であった。そこにあるアップライトピアノに彼女は座り、僕たちだけのミニコンサートを開いてくれた。
 ショパン作品の数々を弾いてみせた市川さんは、この著名な作曲家にまつわる話しも教えてくれた。例えば、「子犬のワルツ」は当時ショパンが付き合っていた女流作家が飼っていた子犬が自分の尻尾を追いかけてくるくる回る様子を音楽にしたものだという。また「革命のエチュード」は祖国ポーランドがロシアからの独立に失敗した報を聞き、その怒りと悲しみを表現したという説にも興味が湧いた。ショパンは好んで社交界の場であるサロンで演奏をしていたという。それはまさにこのロッジのような雰囲気だったのではないかと想像を巡らしたくなる。

 市川さんがピアノを弾きはじめると、それまで酒を飲んで騒がしかった冬山の猛者たちが口をつぐんで、一心に耳を傾ける。そしてテンポがよくキレのいい市川さんの奏でるピアノの調べがロッジを包み、音楽に浸ると不思議なことが起きた。周りの情景がとても鮮明に見え、部屋全体が躍動し始めたように感じられたのだ。
 モーツァルト効果というものがある。これは1993年、カリフォルニア大学の心理学者フランシス・ラウシャーらは、かのモーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ ニ長調」を学生に聞かせたところ、空間認識テストの成績が高くなったという。

 音楽の刺激が情動に働きかけて脳が覚醒するためとされ、現在ではモーツァルトに限らず他のクラシック音楽でも同様の効果があると報告されている。音楽は認知機能、免疫機能の向上と言った医学的な効果が認められ、音楽療法として確立されている。素晴らしい演奏者による曲に触れた後、一段とスキーがうまくなった気がした。

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