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ラジオ情報で天気図作成

2016年10月8日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 新谷暁生さんの知床エクスペディションに参加した僕たちグループは、知床の落合湾に上陸した。知床が世界自然遺産であるのは知床半島の山岳地帯と海の関係性がしっかり見られるからだという。実際に僕たちはそこまでたどり着くのに3日間、カラフトマスが大量に川に押し寄せる様子やヒグマがいたるところにいるのを見かけた。

 沈み行く太陽を見ながらその日を振り返っていると、新谷さんがかなたにある水平線から湧き出る積乱雲を見て目を細めた。「ずいぶん大きな積乱雲だな」といいながら自分の天気図と見合わせる。
 新谷さんは毎日夕方4時、決まってラジオをつけNHK第二放送に合わせ、そこから流れる天気予報をラジオ用天気用紙に書き込んでいる。
 知床半島は携帯電話の電波が入らず、唯一収集できる天気の情報はラジオのみである。全国各地の風力、風向き、気圧、前線位置や台風の緯度、経度と進行方向を書き留めている。その後、等圧線を引き見事な天気図を作り上げた。天気図はもっぱら携帯やテレビに頼っている僕たちにとって、それは魔法のようだった。

 新谷さんが落合湾で見たその積乱雲はオホーツク海に発達している高気圧帯が作っているものであった。その積乱雲の大きさからどの程度注意をしなければいけないか考察する。こうした高気圧は知床半島の山岳地帯に当たると大雨を降らせることがあり、間に低気圧帯を作り強い風に変わる可能性もあると言う。翌日の天気の崩れはそれほどではなかったが、その後、強い風が吹き、その2日後には雨を伴う荒天となった。新谷さんは知床ではヒグマよりも天気のほうが怖いという。そのため天気図をにらみながら科学的分析と現場の情報をすり合わせる。ささいな自然の変化も見逃さない。

 僕たちホモ・サピエンスの脳の容積は、狩猟採取時代より小さくなっているという考古学的証拠がある。狩猟採取生活を行っていた2万年前の人たちの脳の容積は平均1500ccであった。しかし現代人は平均して1350ccほどしかない。その理由についてはいろいろ説があるが、有力なのが野性的な生活から離れたせいではないかといわれている。新谷さんの自然の中での実践的な技術と知識を見て僕自身重要な忘れ物をしている気持ちになった。

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